2022.02.22

おいしく! 楽しく!
あゆみ食堂の「ワンプレート」が秘める無限の可能性

フリーの料理人としてケータリングを中心に東京で活躍していた大塩あゆ美さんが、縁もゆかりもなかった諏訪に「あゆみ食堂」をオープンしたのは2019年秋のこと。諏訪でお店を構えるに至った理由や自ら汗水流してリノベーションしたお店作りのこと、今の食堂と諏訪での暮らし・・・。あゆ美さんのワンプレートランチをモリモリといただきながら、お話を伺ってきました。

この日いただいたワンプレートランチ/価格1,210円(税込)

東京で培った経験と料理観

Q.「料理をやっていこう」と決めたきっかけは?

私は静岡県の伊豆で生まれ育って、高校卒業後に東京の文化服装学院で洋服のことを学びました。でもどうも自分に合わない感じがしていて、その後アパレル関係のお店に就職したんですが、そこでもしっくりこなくて。これからどうしようかと思っていたとき、精進料理の研究家の方のお料理をいただく機会があって、その方から食事と体と心の関係についてのお話を聞きました。私はアトピー性皮膚炎があって、眉毛もないくらい顔の肌がひどく荒れていた時期もありました。でもこのことをきっかけに動物性の食事をやめるようにしたら、皮膚の状態が少しずつよくなっていって、同時に料理がすごく楽しくなってきたんです。私の性格はすごくあっさりしているタイプなんですが、やっぱり私には料理のほうが向いてるかも、料理をやってみよう!ってそのときすぐに方向転換したんですよね。20~21歳の頃です。

Q. そこからどのようにして料理の道へ?

初めは野菜中心のデリのお店で働いて、その後いくつかお店を転々としていたとき、先ほど言った精進料理の先生が、たかはしよしこさんという料理家の方を紹介してくださったんです。たかはしさんはケータリングを中心に活躍している方で、お会いしたときに、私は「何か人とは違うおもしろいことができそう!」と思いました。ただその感覚を頼りに、たかはしさんの元でアシスタントとして働くことにしたんです。

Q. 師匠のたかはしさんがケータリングをやっている方だったから、あゆ美さんもそのようなスタイルになったんですね。

そうですね。そういうわけで、必然的に私の料理人としての入り口はケータリングのスタイルになったんです。段々経験を積んでいくうちに、人が集まる場所の真ん中にある料理というものにすごく惹かれるようになって、週に何度も友人知人を家に呼んで一緒に食事をするようになりました。私の友人にはアーティストが多くて、あるとき、そのうちの一人から、作品の展覧会をやるときにカフェスペースで食堂をやってくれない?と頼まれたんです。それがきっかけで、独立を考えるようになりました。たかはしさんのアシスタントを務めて3年半くらい経った頃です。

師匠のたかはしよしこさんがプロデュースする「エジプト塩/価格1,080円(税込)」。あゆみ食堂でも販売中

Q. そこから、フリーの出張料理人としてのキャリアが始まるんですね。

そうですね。でも、しばらくはアルバイトを掛け持ちしていて、出張料理人としての仕事だけで生活できるようになるには3年くらいかかりました。ただ、ケータリングの仕事をやっていくうちに違和感を感じるようにもなって・・・。ケータリングってやっぱりハレの日の料理が多くて、最初はアシスタント時代に得た知識を活かして楽しくやっていましたが、段々とコンセプトありきで料理を作るときの食材の縛りが苦しくなってきたんです。生産者さんとのつながりができてきて、そういった方たちが作る質の高い、かつ旬の野菜を使いたいと思う一方で、オーダーの主旨やイメージに合わせようすると、指定された色の食材を使ってとか、旬の食材じゃないものを値段が高くても使うということがあって。自分が作りたい理想の料理と、求められるものとのギャップを感じるようになりました。

そんな頃、近所のデザイン事務所から週1でケータリングの注文をいただけるようになったんです。というのも、その事務所に自分の名刺やDMをお願いしていたんですけど、デザイナーさんにお支払いできるほどの十分な予算がないなぁ、何か引き換えにできることはない?と相談してみたら、遅くまで働いているスタッフに夕食をケータリングして欲しい、食材代は払うからって提案してもらって。すぐに「やりたい」と思いました。些細な会話から交換条件で始まったケータリングスタイルですが、ほかの知り合いの事務所にも口コミで伝わって注文してくれたんです。週に20人分くらいの食事を作るようになったとき、やっぱり、今ある旬のものをうまく使ってごはんを作る日常の料理、ケの日の料理こそ、自分にとって魅力的なものなんだと強く感じました。食材を無駄にすることもないし、理にかなっている。違和感がない料理ってこっちだなって。当時30代に突入して、そろそろ場所を持って不安定じゃない仕事をしたいという思いも出てきたんだけど全然貯金がない(笑)。お店やりたくても今の状況だとお金が借りられないだろうなあ、どうしよう・・・とすごく悩んでいた頃でした。

諏訪で自分の食堂を

Q. ケータリングというスタイルから、料理観の変化もあって、自分のお店をもつ構想が出てきたんですね。そこからどのようにして諏訪につながったんですか?

もともと、諏訪でReBuilding Center JAPAN(リビルディングセンタージャパン。建築建材のリサイクルショップ。以下リビセン)を運営している東野唯史さん・華南子さん夫妻とは友達で、リビセンができた2016年の秋にイベントで呼んでもらったんです。そのとき人生で初めてあずさに乗って諏訪に来たんですけど、着いた瞬間にめちゃめちゃいい所!と感動したのを覚えています。これからも出店したいからぜひ時々呼んでほしいと東野夫妻にお願いして、度々諏訪に来ていましたね。そうして2018年の夏、またリビセンで出展させてもらった時に、夏休みを兼ねてそのまま1週間くらい諏訪に滞在しました。そのときに、すでにこちらの方に移住して富士見でお店をやっていた知人を訪ねる機会があって、話をする中で「あゆ美ちゃんも諏訪でお店やればいいじゃん!」って言われたんですよ。

その場では「諏訪でお店なんて考えたこともないし無理です」って答えたんだけど、東京に戻ってからも「諏訪で店」っていうワードが頭から離れなくて・・・。意外とやれるかもってジワジワ思えてきたんですよね。リビセンの華南子さんに話したらすぐいい物件を見つけてくれて、「じゃあやる!」って決めました。

Q.すごいスピード感! 不安はありませんでしたか?

もちろん不安はありました。すごく。でも、東京でこれからどうするか悩み続けて、決められないでいることのほうがずっとしんどかったんです。目標があればそこに向けてやるだけ。そっちの方が100倍楽でした。私はこれまでの人生、感覚だけを頼りにやってきてたので、とりあえず失敗したときのことは考えずにやってみよう!と。もしこれが私にとってダメなことであれば、事がすべてうまく運ばないだろうから、あっさりあきらめようというつもりで始めたんです。そうしたら、心配していたお金もなんとか借りられたし、いろいろとクリアしていけて、1年後にお店をオープンすることができました。

あゆみ食堂外観

リビセンとお店を手作り

Q. 借りた物件をリノベーションされたんですよね? どんなふうに設計デザインを考えていったんですか?

ここの大家さんは「真澄」で有名な宮坂醸造の社長さんで、快くリノベーションOKと言ってくださったので、リビセンの力を借りてお店作りに取りかかりました。まず東野夫妻に言われたのは、「自分がこの空間を使っているイメージをもって」「あゆ美ちゃんはここでどういうふうに生きていきたいのかをよく考えて想像して」という2つのこと。ウェブの画像収集サービスなどを活用してイメージ写真を100枚集めるという宿題も与えられ、必死に考えました。これが結構大変な作業で・・・。そのときに華南子さんに言われた言葉があるんです。「ここからの人生、この作業よりしんどいことはない。自分でお店が作れない人は仕事もできない。でもそうやって自分でお店を作れたら、これから絶対お店をやっていけるから大丈夫」って。本当にそうだなと。リノベーションに取り組んだ3か月は、私が“お店ができる自分”にしてもらうための3か月だったなって思います。

Q. 実際に取り組んでみて特に大変だったことは?

大変だったのは小上がりのスペースの壁で、ここは元は真っ黒だったんです。このままだとすごく和風の雰囲気になるよと言われて、それは嫌だったので、東野さんに教えてもらいながら色を落とす作業をしました。最初は粗めの電動やすりを全面に3回かけて、少し黒い色が落ちてきたところに細かいやすりをかけて。さらにあく抜きを塗って、タオルでゴシゴシ拭いてあくを落としていくっていう・・・。6日目くらいでやっとこういう色になったんです。よく見るとまだ黒い色の名残がちょっと残っていますけどね。

小上がり。写真奥の壁に残る昔の名残も、また味わい深い

あと、ガス台の壁のタイルも大変でした。東野夫妻が家を作ったときに余ったタイルを安く売ってもらったんですけど、このスペースにぴったりのサイズじゃなかったからカッティングが必要で。リビセンの作業スペースでタイルカッターを借りてひたすら何センチ×何センチにカットする作業。そしてそれを貼るっていう・・・。タイルをカットしているときに結構割れちゃったりするんですよね。リノベーションでは、人生で初めての体験をたくさんしました。

ガス台のタイルの優しい風合い
「吊らずに吊り棚が作れないか」というあゆ美さんの提案で作られた橋スタイルの食器棚

Q. まさに手作り! 一番のこだわりはどの部分ですか?

私は空間に対するこだわりがあまりないんです。どういうのが私にとっていいのかよく分からなかったんですよね。誰かが何かを指定してくれるわけでもなくて、自分で考え抜かなきゃならないのが本当に大変でした。そうこうしてたどり着いたイメージは、馴染みのあるプレーンな空間にしたいということ。温かさはあるけれどほっこり感は出しすぎたくない。ビビッドな色合いを入れてちょっと抜け感のある場所に、ということで、入り口の壁をピンクにしました。市販のピンクはイメージに合うものがなくて、建築家の友達に相談したら「ペンキを調合してくれるお店に頼んで、あゆ美ちゃんが欲しいピンクを作ってもらおう」ってプレゼントしてくれたんです。これも自分で塗りました。途中で「やっぱり目立ちすぎ? もっと落ち着いた色にしようかな」とひるんだんですけど、東野夫妻に「いや、あゆ美ちゃんが言ったんだからこのピンクでしょ」って言われて、「じゃ、いっか」って(笑) だからやっぱりこのピンクの壁かな、私が特にこだわったのは。

Q. そこまでご自身の手をかけてお店を作ったことを、今どう振り返りますか?

こんなふうに東野夫妻や大工さんたちと一緒に作業して、もう一瞬一瞬が自分事でしたよね。電機の配線や水道の手配も自分でやることで、なんとなくこういうふうになっているんだということが自分で把握できているし、そうやって自分のものになっていくっていう愛着をすごく感じて。東京だったらできなかったんじゃないかな。このお店作りの期間がすごく大事だったなって思います。リビセンと一緒にお店作りができてよかったです!

あゆみ食堂のワンプレート料理

Q. お店の料理がいまのスタイルに行き着いたのはなぜですか?

最初は、定食も出すしワンプレートの日もあるしっていう感じにしようと思っていたんですけど、お店をオープンしてみたら、ありがたいことにお客様の数が予想以上に多くて! 何かスタイルを決めないと回せないぞ、となったんです。師匠のたかはしさんからも、スタッフがたくさんいるわけじゃないから、いろいろなものを手をかけて作るのは難しい。何か1種類にしたほうがいいとアドバイスをもらっていましたし。それで結局、自分の本も参考にして、「週替わりのワンプレートランチ」のいまのスタイルにたどりつきました。

あゆ美さんの著書2冊

ワンプレートって、作っていて私自身日々新しい発見があるんですよ。お皿に乗っているものをそれぞれ別に食べてもおいしいし、最終的に混ざっていってもおいしい。これとこれ、一緒に食べるとこんなにおいしくなるんだ!って。私の強みってこれだな、このスタイルが私らしいって思っています。とにかく自分が胸を張っておいしいと言えるものを出し続けることを目標にしてきて、それで行き着いたのが今の形ですかね。

私、なんとなくお皿に乗せる料理っていうのはなくしたくって。ひとつひとつの料理にそれぞれ意味があることを大事にしています。特にサラダって、野菜を取りたいからとりあえず乗せておこうっていう扱いをされがちなイメージがあるんですけど、私はサラダが一番おいしいと思っていて。だから、うちのプレートに乗ってるサラダが美味しいってお客さんに言っていただくと、とってもうれしいんです。

ちなみに、私の中でお肉は、“だし”として使っているイメージで、メインとして捉えてないんです。野菜を引き立てるためにどうお肉を使うかっていう考え方。私にとって一番大事なのは、「今ある野菜はどうすればおいしく食べられるか」ということ。諏訪に来てさらに生産者さんと密にかかわるようになって、その人たちの暮らしや野菜作りがどんなふうに行われているかっていう背景を見る機会が増えました。生産者さんの優しさ、実直さ、厳しさ、といった人柄や魅力が全部野菜に出ている気がしているんです。だから、この野菜はあくが強いけれどこうしたらおいしく食べられるとか、見た目と味のギャップのおもしろさとか、お客さんにそういった野菜の個性やおいしさに気づいて楽しんで食べてもらえたらうれしい。でも、私自身、押し付けられるのは苦手なので、お皿にさりげなく乗せ続けることでお客さんには自然に伝わっていったらいいなと思っています。

諏訪での暮らしで体感すること

Q. あゆ美さんにとって、諏訪にいることの魅力ってなんですか?

私は、これまでは比較的温暖な静岡や東京で暮らしてきましたが、信州の寒い冬が結構好きなんですよ。この乾燥した厳しい寒さって、保存食を作るのにぴったりなんですよね。今、干し肉を作ってみてるんですけど、今までやったことのなかった「食べ物を干す」という作業が、この地でできているっていうのがすごく興味深いです。

あと、東京と適度な距離感で行き来できて楽しそうな場所っていうと、諏訪がちょうどよかったんですよね。最初、諏訪で縁があったのは東野夫妻だけだったけど、そこから自然にいろいろと繋がりが派生していって、居心地のいい場所になっていった感じがあります。結構、東京からふらっと会いに来てくれる友人も多くて、彼らと諏訪で会う時間というのが東京にいたときよりも濃密なんですよ。それが本当に気持ちいいし、うれしいんです

あゆみ食堂のこれから

Q. 今後の展望を教えてください。

展望というのはあまりいろいろなくて…。シンプルに私は、常においしいものを作りたい。今はそのことに集中して、自分の理想を見失わずにやり続けるということしか考えてないです。自分が一番楽しむことを忘れずに。そして、儲けるのではなくて、スタッフを抱えられる分と自分がやっているだけの稼ぎを一定に出し続けることが大事だと思っています。日々何かしらの変化があって、お店も生活も今すごく楽しいんですよ。ずっとやりたいと思い続けてきたことが全部できていて、諏訪に来てよかった!って心から思っています。

友人のイラストレーター、MoguTakahashiさんがプレゼントしてくれたというロゴ。
あゆ美さんの出身地のシンボルである富士山に添えられた太陽はあゆ美さんのイメージ。

ライター/中野明子 撮影/いわさきあや
(この記事は2022年1月取材時の内容です)

編集後記

お料理に対してはもちろんのこと、人にもモノにも熱く真剣に、清々しく正直に向き合うあゆ美さん。このあゆみ食堂にあるもの全てにアイデンティティーを感じたのは、そんなあゆ美さんのマインドが宿っているからだと思いました。さて、このワンプレート、どこからどのように食べようか。一つ一つがしっかりおいしいのはもちろんで、少しずつお隣同士のお料理を混ぜ合わせていくのがいつもの私のパターンです。あっちと混ぜて、こっちと混ぜて、おお!こんな味わい初めて!と心の中で叫びながら、そのうちお皿全体ごちゃ混ぜに。毎回訪れるたびに、このワンプレート探険に没頭してしまう・・・。ぜひあなたも、そんなワクワクを味わってみてください。

店舗情報

あゆみ食堂
住所:長野県諏訪市元町5-12
TEL:0266-75-2720
営業日:土~火曜日(水・木・金休み 不定休あり)
Lunch(予約優先)11:30~14:00L.O.  Dinner(予約制)18:00~21:00L.O.    
*ランチはワンプレート1種類(週替わり)で11:30~と13:00~の1部予約制。ディナーはコース料理のみ。
*駐車場は店舗横、「真澄」駐車場使用可。

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