2023.07.03

諏訪にお酒の“ワンダーランド”現る!?
今宵もふらっと「宵々酒店」

2022年9月、上諏訪の末広商店街に角打ちも楽しめる酒屋がオープンしました。真っ青なひさしに白字で書かれた店名「宵々(よいよい)酒店」が目を引きます。一見ひっそりこじんまりと佇むお店ですが、店主である松尾ゆき絵さんはフランスのボルドー大学でワインを学び、都内老舗スーパーマーケットでワインの輸入に携わっていた経歴の持ち主。夫の佳哲さんは洋酒の輸入会社を仲間と運営するお酒のプロ中のプロ。コンパクトな空間にギュウギュウとせめぎ合う魅力的なお酒たちを背に、飲みたい気持ちをグッと抑え、お話を伺ってきました。

お酒ひしめく店内

■気張らず、店主の好きなお酒を

Q:他の酒屋さんではあまり見かけないお酒がたくさんあります!

日本酒、ビール、ワイン、ウィスキー、ブランデー、シェリー、ポート、リキュール。新酒とか今流行りのお酒をプッシュしていくというよりは、熟成酒。基本、私が好きなお酒を置いています。この限られた空間の中で「何これ?!」っていう驚きと発見みたいなものがあるといいなと思っているんです。今推してるのはワインの一種・シェリー。辛口から甘口まであるから、きっと好みの味を見つけられると思いますよ。今まで飲んだことがないっていう人が結構多くて、うちでシェリーを知ってハマった人もいます。

スペイン・アンダルシア州で造られるワインの一種、シェリー。辛口・中辛口・甘口・極甘口など、好みに合わせて楽しめる。辛口のシェリーには天ぷらがよく合うんだとか

Q:シェリーって、こんなにバリエーションがあるんですね!

さっきから気になっているんですが、魔法使いがおとぎ話の中で使っていそうなこの道具はなんでしょうか?

これは「アブサン」というリキュールを飲むときに使う道具です。アルコール度数が55度もあるから水で割るんだけど、ただ割るだけじゃなくて、水を一滴ずつ加えていく。ちょっと儀式的な、独特な割り方をするんです。実際にやってみますね。

グラスにアブサンを注ぐゆき絵さん。ちょっと緑がかった澄んだ褐色
細い管の先からポタッ、ポタッと水が落ちる

水を加えると、魔法みたいに色が濁っていくんですよ。ほら、きたきたきたきた!

白濁したアブサン

こうしてポタポタと加えるのがポイント。徐々に均一に拡散して混ざるし、香りも立つんですよね。アルコール自体の甘みとハーブのエキス分を感じます。アブサンを注いだグラスの上に「アブサンスプーン」という穴の開いたスプーンを置いてそこに角砂糖を載せ、上から水を垂らしてさらに甘くする人もいます。昔、フランスの芸術家たちを虜にしたお酒なんだそうですよ。

Q:魔性のお酒ですね! この香りはハーブですか?

はい。ニガヨモギというハーブです。水を加える前は緑がかってるから緑の妖精とか悪魔とかって言われることも。フランスとスイスの国境あたりでよく造られています。このフランス産の『リベルティン』というアブサンは量り売りしているので、店内でこのようにして飲めますよ。うちは“アブサンが飲める店”っていうのが、ウリの1つですね。

左2本がフランス産、右3本がスイス産のアブサン

日本でもニガヨモギを使った薬草酒が出ているんですよ。国が違うと生えているハーブの香りも違うから、フランスやスイスのものとまた違って日本的な香りに仕上がっています。

 『伊勢屋酒造(神奈川県)』が手がける薬草酒『SCARLET』。野草研究メーカーの『越後薬草(新潟県)』とのコラボ商品も

Q:量り売りのお酒を店内で飲めるのは、うれしいですね。

「量り売り」と書かれた札がぶら下げてあるお酒は、うちで用意している3種類の大きさの瓶から選んで買ってもらうこともできます。空き瓶を持ってきていただくのもOKですよ。

量り売りOKの札が付いたお酒
量り売り用の瓶

例えばウィスキーって高いから、ワンショットだけ欲しいっていうニーズがあるんです。あと、買って失敗したら嫌だから、ちょっと試してから決めたいとか。日本酒も量り売りしています。購入していただいたお酒をすぐ味わってみたいという方は、このワイン樽をテーブルにして飲んでいただいてもOKです。グラスも貸し出ししていますよ。

■お酒に魅了され、学び、プロのバイヤーに

Q:ゆき絵さんは、ボルドー大学でワインのことを学ばれたとか。

そうですね。はじめは私の地元、仙台にある東北大学の農学部に入って、お酒とは全然関係ないジャンルを学んでいたんです。お酒は趣味で飲んでいて、最初に日本酒のおいしさに目覚めて、次にビールにハマって。でもビールってお腹がいっぱいになっちゃってたくさん飲めないなって。それでワインに行き着いて、ボルドー産のものをよく飲んでいたんです。仙台には、お酒の品揃えが充実している『やまや』という小売店があるんですよ。そこでいろんなお酒を見つけて買うのが楽しくて! よく通いました・・・。やまやにこういう人生にされた感じですね、今思えば。

大学院に入って1年経って、そろそろ就職がチラつき始めた頃が氷河期で、どうしよう?とズルズルやっているうちに、「このまま普通に就職するの嫌だ」ってフランスに逃げたんです。逃げたついでにおもしろそうな所で留学できたらいいなと思って、ボルドー大学のワイン醸造学科に入りました。

Q:ついでのノリでフランスの大学に留学ってすごい! フランス語は元々話せたんですか?

日本の大学で学んでいたときの第二外国語がフランス語で、それでどうにかなるだろうと思って行っちゃったんですけど、全然どうにかなるものじゃなかった!(笑)無謀でしたね。よくやったなと思います。日本の大学での学部の成績がある程度適用されて、あと意気込みを綴った作文を書いたら、当時のボルドー大学は留学生を積極的に受け入れていたこともあって、うまいこと入れちゃったんです。学部で2年学んで、その後1年はワイナリーで研修して、トータル3年フランスにいました。

Q:帰国後、フランスでの経験を生かして就職を?

帰国してなんとか就職できるだろうと思ったら、全然どうにもならなくて、停滞していた時期もありましたが・・・まず、ある日本のワインメーカーで働き、次に成城石井というスーパーマーケットに就職して、主にワインの輸入に携わっていました。海外のワインのサンプルを分析して、質の良し悪しを判断したり、どれを輸入するかを検討したり。主人も同じ会社で洋酒のバイヤーをやっていて、出会ったんです。

成城石井で5年間働いて退職し、結婚しました。主人も同じくらいのタイミングで退社して洋酒の輸入会社を仲間と立ち上げて。そのまま数年は東京で暮らして、私はワインのネットショップ会社で品質チェックやウェブ作り、ワインをテイスティングしてコメントを書いたり、合う料理について原稿を書いたりしていました。正社員というより、もう少し緩やかな感じで働いていたから時間があって、本の執筆依頼をいただいて出版したりもしました。

ゆき絵さんの著書。これからワインのことを勉強したい人向けの入門書。韓国語訳も出版されている

Q:その後、諏訪へ?

はい。2012年に主人の実家がある上諏訪に移住してきました。それから子育てに突入したので、10年くらいは時々そのネットショップの原稿を書くくらいで、ほぼ何もしていなくて。この宵々酒店をオープンして、また久しぶりに仕事を再開しました。営業時間4時間だから、ゆるっとですけど(笑)

Q:自分のペースで、好きなお酒に囲まれて仕事するっていいですね!

そうですね。私たち夫婦は仕事ではワインや洋酒に関わってきてて、基本お酒は何でも好きなんだけど、今一番飲んでいるのは日本酒なんですよね。その次がビールかな。店内にあるお酒は残ったら全部自分たちで飲んじゃえと思っているから、自分たちが好きなお酒しか並べてないです(笑)。

 松尾夫妻が「自分たちが人生で一番飲んでいる日本酒」とオススメの『開運』(静岡)。写真提供:宵々酒店
こちらも夫妻推しで、絞りを機械に頼らずクラシックな醸造方法を貫いている上原酒造の『不老泉』(滋賀県)。「ここのお酒を長野県で取り扱っているのは、おそらくうちだけです」とのこと

■気軽に立ち寄って、好きな一杯を見つけて

Q:長野県や諏訪地元のお酒も充実していますね。

そうですね、観光の人もいらっしゃるし、諏訪の人って地元のお酒を飲む方も多いので。この辺りの日本酒は、地元の食べ物によく合うなというのが実感としてあります。何気ない普段の、ケの食卓に。例えば野沢菜に本当によく合いますね。

地ビールも出てきましたよね。下諏訪のムギクラブルーイングさんはいろいろアイディアが豊富な方らしくて、他の醸造所とのコラボ商品もおもしろいし、ラベルのゆるキャラっぽいイラストが好評です。

写真提供:宵々酒店

ワインについて言うと、長野県内では今個性的なワイナリーがいろいろ出てきているので、注目していきたいと思っています。塩尻市にあるVOTANO WINEさん、オススメですよ。

塩尻市洗馬宿にある『VOTANO WINE』。「一度飲んだら忘れられない。それがヴォータノワイン」とゆき絵さん 写真提供:宵々酒店

あとおもしろいのは、立科町の『Coteau des Chevrettes(コトー・デ・シェブレット)』。立科町って今までワインのイメージがあまりなかったんですけど、いただいてみたら涼しい感じのきれいな味わいで高貴さがあるんです。高原のような味。

Q:ゆき絵さんの中での注目ジャンルは?

さっきアブサンを紹介しましたが、今気になっているのは「薬草酒」ですね。すごく奥が深いんですよ。「こんな香りのものが、こんな味のものがこの世にあったのか!」っていう驚きがある。飲むアロマテラピーみたいな感じです。

例えば、これは山梨で造られているジンなんですけど、ロットごとにハーブやら果実やらいっぱい入れて造ってるんです。

山梨の甲州市にあるジン蒸留所『GEEK STILL』のラインナップも豊富にそろっている

柑橘系で造るときがあったり、ブドウの花が咲いたらすぐ摘み取ってその淡い香りを閉じ込めたり。カカオを入れてチョコレートの深い香りを楽しめるものを造ったり。バレンタインの贈り物にそういうのもおしゃれですよね。

世界的には10年前くらいから薬草酒ブームが来ていて、今、国内でもそういうお酒を造る所が増えてきているので、注目しています。

例えば、これはロシアの『USURI(ウスリー)』というリキュールで、朝鮮人参が入ってるんです。蜂蜜も入っていてすごく飲みやすくて、寝る前に飲むとポカポカしてきていいですよ。

Q:うーん! どれもこれも興味深い! ゆき絵さんにそれぞれのお酒の背景を教えてもらいながら、いろいろ試してみたくなります。

ちょっとしたおつまみがあるのもうれしい。ジュースも置いてあるので、親子で乾杯もいける

薬草酒はお値段がピンキリで、1本買うと1万円くらいするものもありますが、うちではそれを15mlとかで試せますから。なかなか普段ふれないジャンルのお酒を気軽に試して、好きなお酒を発見してもらえたらうれしいです。

ライター・撮影/中野明子 

(この記事は2023年6月時点の内容です)

■編集後記

お酒に対して前のめりなインタビューとなり、自分の酒好きっぷりがダダ漏れの記事になってしまいました。クリスマスには子ども用ノンアルコールスパークリング1杯無料サービス! 時には店内でJAZZライブなど、うれしいイベントも企画されています。癒やしオーラ満点の店主のゆき絵さん、底なしの造詣の深さでお酒豆知識を教えてくださる夫(自称、宵々酒店のアルバイト)の佳哲さん、そして未知のお酒に囲まれて、「さあて今日の一杯、どれにする?」・・・ああ、なんて至福。お二人の豊富な知識と経験とお酒愛に裏打ちされた、選りすぐりのお酒に出会いに、ぜひふらっと立ち寄ってみてください。

店舗情報

宵々酒店
住所:長野県諏訪市末広8-1
TEL:0266-78-6274
営業日:火~金曜日 15-19時   土曜日・祝日 13-19時 
*定休日は日曜日と月曜日(ときどき日曜日営業あり)。
*駐車場はお店斜め向かいの角、寝具店『もりや』隣の1番・2番。

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