2022.11.08

標高1000mでワイン用ブドウを栽培!
チーム「きふたと」の挑戦

右から双子で長女の日達桐子(きりこ)さんと妹の楓子(ふうこ)さん、お母さんの貴子さん、お父さんの俊幸さん。それぞれの名前から1文字ずつ取って、原山農園「きふたと」。家族4人で主にワイン醸造用のブドウを栽培しています。
標高1000mを超える原村でのブドウづくりや、一度目にしたら忘れられない独創的なワインラベルについて、そして、姉妹で思い描くこれからのビジョンを伺ってきました。

「きふたと」が手がけた2021ビンテージ赤(2022年11月中旬から販売予定)とGRAPE JUICE(カベルネ・ソーヴィニヨン)

■“無謀”と言われた原村でのブドウ栽培

インタビューに答えてくださった双子の姉の桐子さん(右)と妹の楓子さん(左)

Q:原山農園「きふたと」では、2015年からワイン醸造用のブドウ栽培を始めたんですよね。

桐子さん/はい。元々、祖父が農業をやっていて、父と母がそれを継いでホウレンソウや花を栽培していたんですが、ここは耕作放棄地が多くて・・・。父はその土地をどうにかしたいという思いをもっていました。ワイン造りが盛んな長野県の中でも、ワイナリーが多く存在する東御市は標高が800mだと知った父が、「そこでブドウが育つなら、もしかしたら標高約1000mの原村でもいけるかも」と、放棄地を開墾してブドウを植えたのがきっかけです。私たちがまだ高校生の時でした。

楓子さん/少し前まで「原村で果樹栽培は絶対ムリ!」って言われていたころもあるんです。このあたりはみなさん高原野菜を作っていて、果樹を栽培している人はいませんでした。父がブドウを植えたときには、「こんな寒さの厳しい土地でブドウなんて無謀だ」といろんな方から言われたそうです。

桐子さん/そんな父の試みから数年後に私たちも栽培に携わるようになって、2020年頃から軌道に乗ってきました。地球温暖化の影響もあって、特に白ワイン用のブドウ品種の栽培にここの気候が合っていると感じています。父には先見の明があったんだなと。

Q:どんな種類のブドウを育てているんですか?

桐子さん/白ワイン用品種はシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・グリ、リースリング、赤ワイン用品種は、メルロー、ピノ・ノワール、カベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨン・・・・・・メインはこれくらいで、全部で10品種ほど育てています。

メルロー
シャルドネ
ピノ・グリ

楓子さん/農園の土地は3ヘクタールあって、ブドウの畑はそのうちの1.2ヘクタールです。あとはホウレンソウの畑や荒れ地。これから今使っていない土地を開墾して、もっとブドウを増やしていきたいと思っています。

先代から続いてきたホウレンソウ栽培は、主にご両親が担当

桐子さん/先ほども言ったように、このあたりの気候には白ブドウの栽培が合っているようなんです。高原特有の冷涼な気候のおかげでブドウの酸が落ちにくい。糖度がしっかり上がって、十分に香り成分がブドウに蓄積されたいい状態で収穫できています。

ただ一方で、赤は酸がありすぎるとしっかりとしたフルボディの赤ワインになりづらくて・・・。そこは課題です。紫外線が強いのでいい色は付くんですけどね。なので、今年新たに植栽するブドウは、白品種に限って広げていこうと思っています。

楓子さん/白ワインの醸造を委託している醸造所さんからも、「このブドウはいい状態だね!」と言っていただくことがあります。開栓時のブワッと広がる香りと、キリッとすっきりとした味わいがうちの特徴です。

桐子さん/まだまだ思考錯誤ですけどね。天候の影響で実が全部落ちてしまって収穫ゼロだった年もありました。そのとき長野県のブドウ農家全体がそういう状態だったわけではなくて、標高1000mを超えているこの土地だからこその気候の怖さってやっぱりあるんですよね。2021年と今年は順調に育ってくれているので、ホッとしていますけど。

楓子さん/冬は氷点下15度まで下がるので霜害や凍害のリスクもあります。その対策で冬が来る前に樹木1本1本に藁を巻いて、ブドウが無事に越冬できるようにしています。

桐子さん/この土地ならではの良さも難しさもあるし、同じように育てても、ワインになったときの味わいがまったく変わってきたりもする。それらすべてがおもしろい。一生かけてやっていく価値のある仕事だと思っています。

藁を纏って厳しい原村の冬を越すブドウの樹(写真提供:原山農園きふたと)

Q:桐子さんと楓子さんが高校生のときにお父さんが始めたブドウ栽培。お二人とも、いずれ家業を継ぐビジョンがあったんですか?

桐子さん/そうですね、頭の隅にそういう意識をもちつつ、私は高校卒業後に一度家を出て大学に進学しました。「観光」を専攻して“地域に根ざしたビジネスをやっていくにはどうしたらいいか”ということを学ぶ傍ら、いくつかのワイナリーさんでインターンシップ研修をさせていただきました。そして、すっかりワイン造りの楽しさに魅了されてしまったんです。ブドウだけでこんな飲み物ができるなんて、なんて神秘的なんだろう!って。そして、卒業と同時に本格的にこの農園で家族と働き始めました。

楓子さん/私も姉もそれぞれの高校生活に夢中だったころ、父がいつの間にかブドウを始めていて、うちのブドウでワインができたよって言われて、「え?! なんか始まっちゃってる?!」っていう感覚だったんです。正直、よく分かってなくて・・・。

私は高校を卒業してから、バンド活動をしたり創作に没頭したり、ずっと好きなことをやっていたんですけど、姉は大学を卒業したし、畑をやりながらでも好きなことはできるし・・・。自然と「私も畑をやろう」という気持ちになりました。

Q:こちらで収穫したブドウの醸造は、外部に委託しているということでしたが・・・

桐子さん/はい。年によって委託先が変わることもあるのですが、何軒かの醸造所さんにお願いしています。今年は、白ワインは中川村の南向醸造さん、赤ワインは山梨県にある三養醸造さんに委託予定です。

楓子さん/10月からブドウを収穫して醸造所に届けます。可能な限り私たちも醸造に入らせてもらって、勉強させてもらってます。

撮影当日は、早朝からソーヴィニヨン・ブランが収穫されていた

桐子さん/醸造所さんによってワインの造り方が全然違うので、いろいろな造りを知りたいと思っているんです。ある醸造所さんは酸化防止のために亜硫酸をしっかり入れて、濾過もしっかりやって、安全な醸造を目指している一方で、完全に自然発酵でその土地のテロワールを表現していくことを目指す醸造所さんもある。それぞれの醸造所の造り方を学んで、うちのブドウにはどんな醸造方法が向いているのかを見極めていきたいと思っています。

■ビビッと目を引く独創的なワインラベル

2021ビンテージ白・オレンジワイン。カラフルでファンキーなラベル(写真提供:原山農園きふたと)

Q:きふたとさんのワインといえば、ラベルのインパクトも強いですよね。

楓子さん/ありがとうございます。絵は私が描いていて、ラベルの裏側の文言やラベル化するデザインは姉がやってくれています。

2022年11月に発売されるピノ・ノワール2021の裏ラベル。楓子さんによるカモの絵柄に合わせた足跡のあしらいやメッセージ文は、桐子さんが作成・デザイン(写真提供:原山農園きふたと)

私はアルコールがちょっと苦手で、量が飲めないんです。そんな私がワインを買うってなったら、ジャケ買いが好きなんですよね。ワインが好きな人は裏ラベルを見てブドウの配合とかを見ると思うんですけど、普段あまりワインを飲まない人にとって「このラベル、気になるから買ってみようかな」という入り口になれば・・・という感覚でラベルを描いています。

桐子さん/妹は絵を描いたり、造形をしたり、本当にもの作りが大好きで。うちの看板やショップにいる木の人形も、チェーンソーカービングして妹が造ったものなんです。クラフト系のイベントにも出展しているんですよ。

楓子さん作、ショップの店主ジョルジーニョおじさん
アーティスト「geek zombie」としてオーダー制作も行っている(写真提供:日達楓子さん)

楓子さん/専門的に学んだわけではなく、完全に我流なんですけどね。イベントに出たときに、うちの農園のパンフレットを置いておいて、お客さんに「本業は農家なんです」ってお話ししたりして。そこから、うちのワインを知ってもらって、オンラインショップで購入していただいたりっていう、そういうところで繋がることもあります。

Q:飲んだ後も部屋に飾っておきたくなるラベルです。絵は年によって変わるんですか?

楓子さん/そうですね。初めて描いたラベルは、きふたとのファーストビンテージが出た2017年です。当時は両親だけで農園をやっていたから、黒字に白ペンで父と母を描きました。その頃は、私の中で漠然と“ワイン”って堅苦しいイメージがあって、派手な色は使っちゃいけないって思い込んでいたんです。

桐子さん/ワインのラベルと言えば、例えば白地に墨文字で「SHABLIS(シャブリ)」って書いてあるような、ああいうシンプルなイメージがあったんだよね。

楓子さん/そうそう。でも、海外のラベルをいろいろ見てみたら、あそび心のあるものもたくさんあって、こういうのもいいんだ!って思ったんです。そこからいろいろな色を使って、好きなように描いてみようと思ってやり始めたら、意外と受け入れられて。今年はもっとサイケな感じにしてみようとか、どうしたらもっと手に取ってもらえるラベルになるかなとか考えながら、楽しんで描いています。

最初の頃は家族がモチーフだったんですけど、自分の中でテーマが出てくるようになって、今年は「畑で起きた出来事」がテーマになっています。例えば、これ、実際に目にした風景なんです。

2022年11月に発売されるカベルネ・フラン2021のラベル絵(写真提供:原村農園きふたと)

楓子さん/畑で作業中に、目の前を彼らが走り抜けていって。これは絶対ラベルにしなきゃいかん!と。

桐子さん/そして、これはきっと「起きたであろう」という一場面だそうです。

2022年11月に発売されるメルロー2021のラベル絵(写真提供:原村農園きふたと)

桐子さん/森からこびとがやってきて、脚立に登ってブドウに色を付けるんです。そして、人間が来る頃には森に帰っちゃう。そして私たちが畑に来て、「あ、ヴェレゾン(ブドウが色づくこと)始まってるな」って気づくっていう。

Q:絵本ができそう! やっぱりラベルのことはお客さんからもよく言われますか?

農園内のショップには、これまでのラベルの原画がずらり

楓子さん/そうですね。「ジャケ買いしました」とか、「ラベルに惹かれて」とか。ラベルを集めてくださっている方やSNSに上げてくださる方がたくさんいて、うれしいです。

SNSで見て気になったからと、実際に農園にいらっしゃる方もいます。ピノ・グリのラベルは母が「Good job!」のポーズをしている絵柄をシリーズ化しているんですけど、目にした方に強い印象を残すみたいで、母目当てにいらっしゃる方もいるんですよ(笑)

2020ビンテージのピノ・グリ(写真提供:原山農園きふたと)
パワーみなぎる貴子さんのGood job!ポーズ!

桐子さん/なかなか営業に行けていないし、自分たちのSNSもそんなに更新できていないんですけど、みなさんがそうやって広めてくださって本当にありがたいです。

■いずれは姉妹でワインを造る!

Q:お二人には大きな目標があるんですよね。

桐子さん/はい。将来的には、ここに自分たちの醸造所を建てたいんです。そのための免許を取るには、年間6千ℓの醸造量が必要で・・・・・・。ワインボトルにして8000本くらいの量です。原村はワイン特区(特定の農業者を対象に、ワインなどの果実酒を造るためのルールが緩和される区域)というのに指定されていて、それだと今の量でもいけるんですけど、ブドウをメインに生きていこうと思ったらそれじゃ少なすぎるので・・・。やっぱり、年間8000本くらいの生産ができる規模を目指していきたいです。

楓子さん/醸造を外注する費用のことを考えると、醸造所を建ててしまったほうがプラスになるし、やっぱり自分たちの手でブドウもワインも造りたい。でも、もう少し時間が必要かなって・・・。いずれ、人手も増やしていかなきゃならないですしね。

桐子さん/今は、山梨大学のワイン・フロンティアリーダー養成プログラムを受講したり、南アルプス市にあるワイナリーさんに通ったりして、醸造のことを勉強しているところです。しっかり学んでもうちょっと知識や経験を積んだら、自分たちで始めていこうかなと。5年以内くらいで実現に向けて動き出したいと思っています。

Q:知らない間にお父さんが育てていたブドウが、今となってはお二人の人生の主軸になって。ご家族のチームワークや結束力の強さも、この原山農園「きふたと」の魅力ですね。

桐子さん/ありがとうございます。今でこそ私たちは互いになくてはならない存在になっているんですけど、中学くらいまでは口も聞きたくないような仲の悪さだったんです(笑)

楓子さん/そうそう(笑)中学までずっと同じ学校に通ってて、高校で別々になって。互いに好きなことをやって・・・そこからですね、仲が良くなったのは。姉が大学生のときに、私、一度ここを離れたくて、1年くらい居候させてもらったんです。そのときに、これから将来どうするかとか、いろいろ話ができたのが良かった。

桐子さん/そうだね。私たち、感覚がまったく違うのがよかったのかな。住み分けができて。

楓子さん/そう思う。私も姉と同じようにワインのことをすごく勉強して、醸造をやりたい!って強く思っちゃってたら、意見が相違してどっちかがいなくなってたかもしれないですね。

桐子さん/ラベルの絵もそうだよね。私たちどっちとも絵が描けちゃってたら、互いに目に付いちゃって対立してたかも・・・。

楓子さん/私もワインエキスパートを取ろうと思った時期もあったんですが、いかんせん勉強が嫌いだから全然頭に入ってこなくて(笑)。でも、姉がすごく頑張って学んでくれているからそこは任せて、自分は姉がいろいろ集中できるように動こうと。分からないことは、聞けばちゃんと教えてくれるので。

桐子さん/いや、知識は学べば身に付くけど、絵はセンスだから! 互いに補い合えて、助かっています。本当に。

Q:農園の風景がこれからどんどん変わっていきそうですね。どんなブドウ作り・ワイン造りを目指していきたいと思っていますか?

桐子さん/この数年の経験から、「こういうやり方が合っているのかな」というのがようやく見えてきた感じがしているんです。品種はもう増やさずに、むしろこの土地に向いている品種を選抜して、どんどん増やしていきたいと思っています。

楓子さん/姉がいろんな所で学んできたことを生かして、ブドウを栽培する中でいろいろと実験しているんです。灰を撒いてみたり、ブドウに傘かけや袋かけをしてみたり。

桐子さん/今はまだ、いろいろと実験中の段階です。ただ、私たちの中で第一なのは「健全なブドウを育てる」ということ。農薬は撒きすぎない程度に、必要に応じてうまく活用して、まずは、おいしいワインを醸すために良い状態のブドウを育てたいと思っています。

楓子さん/ワインに関しては、とにかく「へたらないワイン」を造りたい。常に、均一な質のものをお客様にお届けしたいと思っています。このワインおいしかったからもう一回飲みたいと思って買ったのに、「あれ? 全然味が違うぞ」とか「ちょっとシュワシュワしてるな」っていうのは、自分たちが目指す方向とは違うかなと。そういうことを、醸造の委託先に伺ったときにも考えながら、学んでいきたいと思っています。

桐子さん/今は自然派ワインが売れ筋とよく聞きます。うちも極力、亜硫酸は使いたくないのですが、妹が言ったように商品としてちゃんとした物をお客様にお届けしたい。そこを軸に、必要な場合には亜硫酸を入れるなど、いろいろとベストな方法を模索していきたいと思っています。

あ、あと、そのうちロゼのスパークリングを造りたいんです。先ほども言ったようにうちの赤は酸が高くなりがちで、なかなか目指したいところの赤ワインにならないのが課題。そんなうちの赤ワイン用の品種がちゃんと生きるようなワインも造っていきたいので、ロゼやスパークリングにも挑戦してみたいですね。

ライター/中野明子 撮影/いわさきあや 

(この記事は2022年9月時点の内容です)

■編集後記

農園のネーミングからして家族のチーム感が伝わってきます。インタビューの中で互いへのリスペクトを素直に伝えてくださった桐子さん・楓子さん。元気玉が弾けるような笑顔と力強い「Good job!」ポーズで迎えてくださったお母さんの貴子さん。そして聞けばショップのログハウスを一から自分で断熱材を入れて作ってしまったという、お父さんの俊幸さん。自分で切り開く・自分の手で作るという精神はご両親から娘さんたちに引き継がれて、きっと何年か後には、ここでワイン造りの光景が見られるのだろうと確信しました。料理やお菓子作りが大好きなお母さんと楓子さんには、いずれここでカフェを・・・という夢もあるのだそうです。原村がワイン特区に指定されて、今「きふたと」さんも含めて5軒がワイン用ブドウの植栽に取り組み、醸造を行っている所もあります。さらに、茅野市や富士見町にもワイン特区を広げるための動きもあり、今後、諏訪圏でのワイン造りが活気づいていきそうで楽しみです!お父さんの俊幸さんが、無謀と言われながらもブドウを植えてみた――その一歩は大きな大きな一歩だったのですね。

■農園情報

原山農園きふたと
住所:諏訪郡原村払沢11151
e-mail:harayama.kifutato@gmail.com
Instagram:@kifutato

*楓子さんのアート作品はこちら:
Instagram:@geekzombie116

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