2023.07.14

日々のごほうびを買いに、赤い郵便ポスト目がけて

原村の八ツ手に、待望のケーキ屋さんができたのは2020年11月末のこと。オープンから2年が経過し、地域になくてはならないお店になったケーキと焼き菓子のお店「la poste(ラポスト)」です。お客さんから「なんでこんなところに?」と聞かれることもあると笑う、パティシエの名取裕司さんと接客担当のあかねさんご夫妻に、お店をオープンさせるまでのストーリーや、シンプルさにこだわったケーキたちに込められた思いを伺いました。(写真左:接客担当の名取あかねさん、右:パティシエの名取裕司さん)

■いつか地元で。独立を見据えていた修行時代

Q:パティシエ・裕司さんのキャリアを教えてください。

裕司さん/僕は茅野市の生まれで、高校卒業後に東京の製菓専門学校に進みました。元々は母がお菓子作りが好きで、それを手伝っていました。家庭訪問で先生に手作りのお菓子を出すのに、一緒に作ったりもしていたんです。お菓子作りって楽しくてかっこいいなという気持ちと、勉強したくなかったという気持ちの両方があって、進路を決めました(笑)

卒業後は横浜のケーキ屋に就職しました。そのお店は当時としては珍しくて、ケーキだけでなくてチョコレートやウェディングケーキなど、幅広いジャンルを作っていたんです。

僕の場合はいずれお店を持ちたいのもあって、なるべく多くのことをやりたいと思っていました。業界としては、レシピを覚えたら次の店舗へ移るというような方も多いのですが、最初から「長く勤めるぞ」と決めていたんです。横浜のケーキ屋には18年間お世話になりましたが、そのおかげでさまざまな経験を積むことができましたね。

Q:あかねさんはいかがですか?

あかねさん/私は出身地の宮城県仙台市でホテルの専門学校に通い、そのまま市内のホテルに就職しました。接客が好きで、フロント業務などを担当していました。そもそも私は地元を出るつもりもなかったんですけど…

裕司さん/僕が専門学生だった頃、夏休みに時間があるからと、地元に帰省がてら蓼科エリアの宿泊施設で食器洗いのアルバイトをしてたんです。

あかねさん/私も同じタイミングにその施設でホテル研修があって、同学年で友達になったんです。だから私たちは茅野市で出会ったんですよ。5年くらいは横浜と仙台の遠距離で付き合っていたんですが、将来を考えて横浜へ引っ越し、そして結婚しました。

横浜では接客のバイトをしながらも、お菓子に携わろうと仕事を掛け持ちしていました。そして、お菓子作りの裏方を見て大変さを目の当たりにしたんです。ショーケースに並ぶまでの影の準備に、たくさんの手間がかかることを実感しました。それに、実は私はお菓子作るのはあんまり好きじゃないこともわかりました。計量が苦手で…

裕司さん/お菓子作りは計量が大切なのにね!実際、お菓子作りは立ちっぱなしで力仕事だし、長時間労働。体力的に厳しいので、男性が多いような世界です。だけど、お互いの経験や得意不得意があるからこそ、妻が接客担当を担ってくれて、今の役割分担ができている気がします。

■どうにかなる!住みながらDIYでの店づくり

Q:なぜ原村にお店を持つことになったのですか?

裕司さん/元々、独立するなら諏訪エリアに戻ってこようと考えていました。土地勘があって馴染みがあるところの方が、お店を始めた時の安心感があるなと思って。それと、首都圏で勉強したこと、経験したことを生かして、地元の方に喜んでもらいたかったんです。

そこで、長女が小学校へ入学するタイミングで独立へ向けて地元へ戻ろうと、勤め先に交渉しましたが、折り合いがつかずに辞められなかったんです。それでも、ちょっとずつネットで物件探しを始めたのが、2018年頃のことです。長野県の物件が掲載されている「楽園信州空き家バンク」などを見ていました。

あかねさん/特に原村にこだわっていた訳ではなく、店舗兼住宅として使える物件を探していて、偶然見つけたのがこの建物でした。築50年弱くらいかな。写真を見て、外観がすごくボロくて…でもビビビときたんです!

購入時の建物の外観。古いけど、ガラス張りの広々とした間口が決め手に/写真提供:名取さん

大切にしていたポイントのひとつが、入りやすいお店にしたいということでした。どんなお店だとしても、入り口から店内が見えないと、入るのに抵抗感があってイヤだろうなって。この建物は間口も広くてガラス張りで外から丸見え、これなら何かしらお店だと思ってもらえると確信しました。

元々は村唯一の写真館だったそうです。昔は学校の行事で撮影に来ていたり、家族で記念写真を撮ったり、近所のお客さんの中には思い出がある方もいて、オープンの時に「またお店になってくれて嬉しい」という声をいただいたりもしました。

あとは、建物の横にあった郵便ポストを見て「あっ!いいな」って思いました。今も使われている現役ポストで、物件を見つけた時はレトロな雰囲気だったんですけど、今はキレイになっちゃったんですよ(笑)

購入時のレトロなポストは、店名の由来にも/写真提供:名取さん

Q:物件に魅力を感じたのが始まりだったのですね。エリアのリサーチなどもしたのですか?

あかねさん/いや、実はほとんどしていなくて、住んでみてから分かったという感じです。最初は閉鎖的な部分もあったりするのかな?と思っていましたが、このエリアはあたたかくておしゃべりが好きな方も多いんですよ。

子育てするのにも結果的に良かったなあって思います。地元出身の子もいれば、さまざまな土地から移住してきた方も多いので、長女は転校だったけども孤独を感じずに馴染みやすかったです。学校にも徒歩で行けるので、標高も高いし、体も鍛えられているんじゃないかな!

裕司さん/立地のことで言うと、建物前の道路は通勤に使っている方も多いんです。交通量が少なくない道路沿いにあるというのも、お店を始める上での魅力のひとつでした。

良い物件にも出会えたし、地元での独立を叶える最後のチャンスだと決めて、長男が小学校に上がるタイミングを見越して2019年に建物を購入。そして、2020年の3月末に横浜のケーキ屋を退職し、いよいよ原村へ移住しました。

Q:移住前に建物を購入したんですね。移住する前から工事をスタートさせていたのですか?

裕司さん/購入から引っ越しまでの期間は1年くらいあったのですが…実は住み始めるまでは手を入れていなかったんです。だから古いままの家に無理矢理住んで、トイレ・お風呂は使えるけど、料理はカセットコンロで。引っ越してから3日後に、もう長男の入学式というようなスケジュールでしたね。

あかねさん/私の方が、どうにかなるっていう性格なんで!でも実際住んでみたら、寒くて大変でした。

リノベーション中の厨房の様子/写真提供:名取さん

接客スペースの天井塗装はDIYで/写真提供:名取さん

建物は古かったけど、自分たちで手を加えられるかなって購入時から思い描いていたんです。子供たちとDIYをやってみたいし、時間はあるし!お店作りにはお金がかかるから、できることは自分たちでやるつもりでいたんです。

裕司さん/それと、僕の叔父が茅野で元大工さんで、引退していたけど手伝ってもらえることになりました。叔父には、大掛かりな箇所や専門性がいるところを中心にお願いしました。最初は住居部分を自分たちでDIYしつつ生活を整えながら、叔父にも工事を始めてもらい、住居と店舗を同時進行で改装していきました。

あかねさん/店舗部分も自分たちでがんばった部分も結構あるんです。接客スペースの天井塗装や、元の床を剥がす作業、それから厨房の壁と床も塗ったかな。外壁と屋根の塗装もなんとかやりました。やり方はYouTubeを参考にした自己流です!

Q:屋根の塗装までDIYするのは、なかなかすごいですね!やってみてどうでしたか?

裕司さん/梅雨が明けてからになってしまい、真夏の作業だったのでとにかく暑かったのが大変でした。昔の古いトタン屋根なので平らだから、見ると簡単そうだったんだけど…やり始めると終わりが見えなくて、いつ終わるんだろうという気持ちになりました。

やると決めた日には、子供たちが学校に行っている間に集中して、日が暮れるまでひたすら屋根を塗ってました。帰宅して「色が変わってる~!」と言われたりすると、達成感ありましたね。

あかねさん/大変さもあったけど、お店作りは楽しかったですよ!看板の色を一緒に塗ったり、子供たちと一緒にDIYできたのも良い思い出です。

裕司さん/そうだね、やって良かったなって思う。でも…もう一度やるかと言われたらやらないかも(笑)

原村にケーキ屋さんができる!みなが待ち侘びていたオープン日

Q:お店のオープンまでは予定通りに進んでいったのですか?

あかねさん/ケーキ屋の繁忙期はクリスマスがある12月です。11月頃には忙しくなるので、4月から工事を始めて10月末にはオープンする計画でした。お店の表にも貼り紙をして、お知らせもしていたのですが、電気が使えないというハプニングもあって、後ろ倒しの11月末オープンになりました。

裕司さん/ケーキやお菓子を作るための機材は揃っているのに、そのための200V電圧が使えるように動力を新たに引き込まなければいけなくて。その工事に思った以上に時間がかかって、電気が使えないと試作もできないので焦りましたね。それでも、お菓子作り自体はそれまでの経験があるから、なんとかなるとも思えました。

結局10月頭にやっと機材が使えるようになったんですけど、実際にオーブンで焼いてみたら、できあがりの焼き色がイメージと違いました。横浜時代とは標高差や気候の違いがあるからだと、作ってみてわかりました。1ヶ月くらいかけて、なんとか機材にも慣れることができました。

あかねさん/お店の前は茅野と富士見を行き来する道路なので、車から毎日進み具合を見てくれている方もいたし、通学路でもあるから子どもたちも「看板ができた」「ショーケースが置かれてる」というように、楽しみにしてくれていたみたいです。

区長さんも「どうだ?間に合うのか?」と気にかけてくれたこともありました。このエリアは本当にあたたかい方ばかりで、「頑張って」と応援されて涙が出そうになったこともあります。地域の方って、意外と見てくれているんですよね。

Q:迎えたオープン、お客さんの反応はいかがでしたか?

裕司さん/そもそもオープンに向けてはチラシを配ったりせずに、こぢんまりやろうと思っていたんです。なので事前の告知は、Instagramでの発信と、聞きつけてくださった地元新聞とケーブルテレビに取材していただいたくらいです。

あかねさん/オープン当日は、営業時間の直前になってもショーケースの中は完璧じゃありませんでした。だけど、お店の前には人が並んでいて、5~6台駐められる駐車場もパンパンになっていて。私はその日の記憶がないんですけど、後日お客さんからオープン日の様子の写真をいただきました。

この通りは元々メインで賑わっていたけど、新しい道路ができて交通量も減ってお店もなくなってしまっていたから、お店ができたということで他の地域からも人が来てくれると、感謝されてこちらも嬉しかったです。

お客さんからいただいたオープン日の写真には、行列の様子が

裕司さん/オープン直後のお客さんは、原村にお住まいの近所の方が多かったです。

あかねさん/子育て世代のお母さんとかが来るのかな?って思っていましたが、意外と男性がおひとりで来てくれることもあるんです。奥さんへの贈り物や、母の日・ホワイトデーなどで買われていったり。ご高齢のおばあちゃんが、農作業の合間のおやつ用に買われていくのは、このエリアならではですよね。

他にも「自分へのごほうびで!」という方や、「孫がこれが好きでね」という方など、お客さんの喜んでいる姿が見られるのが嬉しいですね!

裕司さん/オープンから半年くらい経ったゴールデンウィークの頃から、段々と別荘からのお客さんが増えてきました。別荘エリアにもお店はありますが、意外とショーケースがあるようなケーキ屋さんって原村にはなくて。それが喜んでもらえている理由のひとつかな。

シンプルさにこだわりが宿るケーキとお菓子

Q:どんなお客さんに来てもらいたい、どんなお店にしたいなどの思いを聞かせていただけますか?

あかねさん/どんなお客さんも嬉しいけど、一番喜んでもらいたい相手は、やっぱり地域のみなさんなんです。

裕司さん/僕たちは町のケーキ屋でありたいと思っています。複雑なケーキをメインにするのではなく、ショートケーキやプリン、シュークリームのような、お子さんからご年配まで、誰にでも分かりやすいケーキが良いんです。お客さんに親しみを持ってもらいたい。

店先のポストが由来になっている店名「ラポスト」には、手紙みたいにケーキやお菓子でお客さんに幸せを届けたいという意味も込めています。

Q:素敵なコンセプトです!ラポストさんの商品の魅力はなんですか?

裕司さん/ゴテゴテしているよりも、シンプルだけどワンポイントあるようなケーキです。足す技術よりも引く技術を大切にという思いが強くて、素材の味を引き出すケーキ・お菓子づくりをしています。

あかねさん/接客していても、シンプルさが求められているなって感じます。「やっぱりショートケーキでしょ!」みたいな選び方をする方がいたり、原点に戻るというのかな、安心感があるのかもしれませんね。

裕司さん/修行し始めた頃は、地方にはなさそうな派手なケーキを提供するのもいいなって思っていたんです。だけど修行を重ねていく内に、それではないというか…シンプルさの中に

町のケーキ屋だけど、都会でも引けを取らないような味はもちろん、見た目もこだわっています。三角形や四角形のシンプルなケーキだからこそ、角をしっかり仕上げています。ショーケースを見れば、ケーキ屋としてのレベルが分かると言われていますからね。

あかねさん/ショーケースを見たお客さんに、芸術だね、作品だねって言われることがあるもんね。そういうポイントで見ているんだって勉強になるし、気を引き締めなきゃなって思います。

みずみずしい季節の果物が使われているケーキも並ぶ

Q:今後チャレンジしたいことは何かありますか?

裕司さん/約20年前に専門学校に入った時に飴細工を初めて見て、自分でもいつか作りたいと思ったんです。当時は練習する時間もなかったし、周りに教えてくれる人もいなかったので全然できないでいたんですけど、修行の最後の頃に独学でやり出しました。

それで作品を作るようになって、コンクールにも出すようになって。最後の最後に、ジャパンケーキショーという年1回東京で行われる、国内最大規模の洋菓子コンクールで、入賞することができました。

これが飴細工?と驚いてしまうような入賞作品/写真提供:名取さん

実物はないけど、入賞した時の賞状はお店に飾ってあるので、知っているお客さんとは話題になったりします。飴細工を見ているだけでも癒されるよねという方や、作ってもらって飾りたいという方もいらっしゃったりしました。

今はまた時間が取れなくてできていないんですけど、ちゃんと時間を作って、バラ一輪の飴細工でもいいからお店にディスプレイしたいですね。とてもキレイで華やかなので、「こういうのもあるんだ」って地域の人にも知ってもらいたいです。

あとは、原村を盛り上げていきたいですよね、お店が増えたらいいなって思います。僕たちも地域の後押しがあってお店がオープンできたので。

あかねさん/そういえば、中学生が職場見学に来てくれたこともあったよね。そういう地域活性のお手伝いもできればいいな。

ライター/綿引遥可 撮影/いわさきあや (この記事は2022年7月時点の内容です)

【編集後記】

甘いものには目がない原村在住の友人から、近くにおいしいケーキ屋さんができたとのうわさを聞きつけて向かったのが、私の初訪問です。「ケーキを買う」というのが久しぶりで、なんとなく店内に入るだけでも背筋が伸びて笑みがこぼれました。ショーケースの中の作品たちに目移りしながら選んだことを覚えています。言うまでもなく、とびきりにおいしいケーキ。今度はお祝いごとのホールケーキもお願いしたいなと、たくらんでいるところです。

童話のようなあたたかさが感じられる店内やお菓子のパッケージのように、インタビュー中のお二人の雰囲気も終始和やか。誠実な裕司さんと、明るさあふれるあかねさんのやり取りからは、日頃のコンビネーションの良さが自然と感じられます。語られる言葉の中には、妥協のないケーキ・お菓子づくりへのこだわりがみなぎっていて、「地域の人に喜んでほしい」という真っ直ぐで強い思いが伝わってきました。特別な日にも、何気ない日にも。郵便ポストを目印に、末長く愛されるお店に違いありません。

【店舗詳細】 

la poste(ラポスト)

住所:長野県 諏訪郡原村八ッ手2318-1(諏訪南ICから約6km)

TEL:0266-75-2528

定休日:毎週木曜日・不定休あり ※カレンダーまたはSNSにてご確認ください

営業時間:9:30~18:30

Instagram:@la_poste_haramura

*駐車場は店舗横に約4台分あり

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