2022.04.28

稼ぐ家が豊かな時間と仕事をつくり続ける。
自宅兼泊まれる宿「古民家 日向家」

山々と市街地の間、茅野市ののどかな集落の中に、大きな屋根が印象的な築120年の古民家があります。日向さんご一家が暮らしを営む一角を客室として貸し出す1日1組限定の宿「古民家 日向家」です。移住や家探し、古民家での民泊に至るまでの経緯や、暮らしと仕事が重なる生き方について、リノベーションした空間でゆったりと寛ぎながら、お話を伺いました。

■ 八ヶ岳のポテンシャルに魅せられ、茅野市へ覚悟の移住

Q. それぞれの出身地、そして移住に至るまでの経緯や思いをお聞かせいただけますか?

真樹さん(右)/僕は山梨県北杜市出身です。僕は好きな仕事を転々としていて、今までに5回くらいは転職していますね。スキー場の再生事業に携わり、地方で暮らしていた時期もありました。茅野市に移住する前は、埼玉に住みながら東京都内に通う働き方でした。

恵美さん(左)/私は宮崎県出身です。移住前はネイリストとして働いていたんですが、妊娠したことがきっかけで仕事を辞めました。そのタイミングで、自然豊かなところで子育てしたいという話は夫婦でしていました。あとは、夫が転職を考えるようになったことが、移住を考える大きな動機でしたね。

日向真樹さん(右)・恵美さん(左)・咲葵ちゃん

真樹さん/そうだね。当時、世界で活躍するアスリートのマネージャーとして働いていたんです。ひとつの目標に向けてチームの一員としてその厳しい世界にいるうちに、自分にはその厳しさにずっとついていくことはできないという感覚になりました。いま思うと、背伸びをし過ぎていたのかもしれません。

もっと自分の経験や技術を生かせる仕事を見つけようと思いました。そんな時に、茅野市での観光まちづくりの求人を見つけたんですよ。社会人になりたての頃に諏訪で働いたこともあって、自然が豊かで首都圏に近く、晴天率も高いという土地のポテンシャルを十分に感じていたんです。実家が山梨県北杜市なので、両親の近くにいられる安心感もありましたね。

ただ、移住して住むところが変わったり、転職して給料が下がったりすることで、家族に我慢をさせてしまうかもと心配になりました。僕は色々考え過ぎると動けなくなってしまうタイプで…。でも、妻が背中を押してくれたんです。

恵美さん/私は九州から上京した経験があったので、どこに住んでもやっていけるという気持ちが強かったんです。住みたい場所へのこだわりもなくて(笑)。だから「いいじゃん、やってみれば?ついていくよ」と伝えました。

真樹さん/妻からの言葉で、夫として家族を養っていく責任を果たそうという覚悟ができ、応募を決断したんです。観光まちづくりの職の任期は3年と決まっていました。任期を終えた頃には、茅野市だけでなく立科町や長和町などエリア全体のスキー場と関わることを目標に、2017年10月に移住と転職をしました。

Q. 実際に移住してみての体験や、感じたことはありましたか?

真樹さん/茅野市に移住してみて、季節の変化が感じられて、生きている実感がありますね!特に寒い時期、八ヶ岳が白くなってきたり、道路の温度計が下がってきたりすると、ワクワクします。僕は雪が持つ魅力に夢中なんです。見ているだけでも良いし、身を置くだけでスッキリする。雪かきも大好きなんですよ。

日向さんガイド中のひとコマ/写真提供:日向さん

恵美さん/移住当初、娘の咲葵はまだ3ヶ月でした。だから私は新しい生活を楽しむ余裕もなくて面倒を見るのに手一杯、しばらくは子育てに専念していたんです。知り合いがいないと寂しいし、咲葵ちゃんも刺激があった方が良いだろうと思い、人と交流する機会を頑張ってつくりました。

茅野市の駅ビルにある、就園前の子どもを対象とした子育て支援施設「0123(通称おいっちにいさん)広場」にはよく行きましたね。大きな町ではないから、そこに行けば大体同じ顔ぶれなので、自分から話しかけて関係を築き、娘も友達ができました。茅野市はもちろん、お隣の富士見町や原村にも足を伸ばしたり、自然の中で親子で遊べる場所もたくさんあって子育てにも良い環境ですよ。

子どもが遊び、親同士が交流する場「0123(通称おいっちにいさん)広場」
写真提供:日向さん

それに、私たちは二人とも田舎育ち。地方はこんなはずじゃなかった、というようなギャップみたいなものは特にありませんでしたね。

■ 住みながら稼ぐ、「民泊」という選択と家づくり

Q. 古民家で民泊だなんて素敵ですよね。移住当初から構想があったのですか?

真樹さん/移住当初はなかったですね。僕たちにとって、民泊は目的ではなくて手段なんです。移住直後から住んでいた団地は賃貸、退去するタイミングを見計らっていて、この先、どんな家に住もうか?と本格的に考え出していました。行動に移したのが2019年。その時、僕は45歳でした。もし住宅ローンを組んだとして、70歳まで借金を返し続けるなんて嫌だ!と思ったんです。新築にするよりも、安い金額で済んで短い期間で返済できる方法を考えようと知恵を絞って、出てきた案が民泊でした。

ローン返済のために、それまで賃貸で払っていた金額より更に数万円を支払うとなると、たくさん働かなければならずキツイですよね。でも民泊という形で住む家で家賃収入のように稼げたら、気持ちと時間にゆとりができると思いついて。妻に相談したんです。

宿泊スペースは、囲炉裏のある和室10畳の部屋、12畳の部屋、土間リビング。

恵美さん/夫は優柔不断だけど言い出したら聞かないところもあるので(笑)、やるならやろうと心を決めて、それに見合う物件探しを始めました。私はインターネットで情報を集めることが多かったです。私たちの希望は、日当たりが良くて庭があるということ。あと、予算を明確に決めていたので、それに見合わないものは候補としませんでした。

真樹さん/僕は移住してからずっと「家族で住む家を探している」と口にし続けていました。この町にい続けるという決意を、町の方に知ってほしいという気持ちがあったから。その甲斐もあって、知人から紹介してもらったのがこの古民家です。空き家になる前は、おばあちゃんがずっとお一人で暮らしていたそうです。

恵美さん/見に行った時は空き家になってから約5年経っていたのですが、住んでいた時のままで、床が見えないくらいに物がいっぱい、間取りも分からない状態でした。だけど立地としては、スーパーや学校・病院なども近くて「暮らすにはここだったらいいね!」となりました。

真樹さん/民泊をやる上で、アウトドアを楽しみたい方の拠点になったらいいな、という思いもあったので、スキー場や登山口へのアクセスの良さも魅力でしたね。大きい建物なので、居住スペースと宿泊スペースが分けられるという条件も満たしていました。そこで、室内は空っぽの状態で引き渡してもらう交渉をし、価格も折り合いがついて購入を決めました。

Q. 室内の様子がはっきりしない中で、思い切りましたね!お二人は古民家への憧れもあったりしたのですか?

真樹さん/全然ありませんでした(笑)。むしろ古い分だけリスクもあって、手間もお金もどの程度かかるか分からない不安だらけ。やりたいことがたくさんあるけど総予算は決めていたから、もし予算内でできなかったらどうしようと悩んだんです。でも「そうなってもなんとかなる」「やってみなけりゃわからない」「どうやっても生きていける」と妻が言ってくれました。

土間リビングの天井には、歴史を感じる大迫力の梁が残されている。

不具合が出たら、その分は何かを削れば良い。建物が使えなかったら、最悪は更地にして使えば良い。そのように考えられて、決断できましたね。前向きなパートナーがいて、理解・協力を得られるというのは本当に心強かったです。

Q. そこからの家づくりはどのように進んでいったのですか?

真樹さん/幸いにして傾きや歪みなどもなく、建物自体に大きな不具合はありませんでした。なので主にやったことは、電気などの設備や水回りの交換、それとリフォームですね。

恵美さん/リフォームするのに、私の学生時代の友人の建築士に設計を依頼しました。この家に代々住んできた方が大切に管理していたのも感じていましたが、古民家を見た友人も「良い家になるよ」と言ってくれました。私は友人を信頼していたし、元の建物を生かしつつも好きなように考えてもらいたくて、提案してくれた図面をベースに考えていきました。

真樹さん/その建築士さんが古民家に強い大工さんを探してくれたんです。その大工さんからも建物を生かすアイデアをいただいて。一枚板の扉は「太い木を一枚板として加工した技術はすごいから建具として残そう」とか、床下から出てきた板は「100年以上も経っている良い物だから天井に貼って使おう」とか。専門家の方から自分たちでは気が付かない価値を教えてもらって、今はもう手に入らないものを活用させてもらっているんだと実感しました。

元の土壁をそのままに生かしている部分も。

恵美さん/宿泊スペースは古民家の雰囲気を色濃く残しました。居住スペースは暮らしやすさを重視しています。断熱もしっかり入れたので、古民家とはいえリビングはストーブひとつで十分あたたかいです。家の間取りはほぼ当時のままなんですよ。

家族用のぬくもりあるリビング/写真提供:日向さん

Q. ほとんど全面的にリフォームをしたのでしょうか?

真樹さん/屋根と二階部分、外構には手を入れませんでした。本当は庭や家の中が見えないように、目隠しになる塀を設置したかったんですけど、予算が足らなくて叶いませんでした。だけど、お隣さんとのお付き合いを考えると、これで良かったかな。近所に住むおばあちゃんの顔が見えるのも大切な気がしているんです。

恵美さん/コスト削減のために、自分たちの手も動かしたよね。壁は石膏ボードを張ってもらうまでを大工さんにお願いして、塗り仕上げは友人にも手伝ってもらいながら自分でやりました。つなぎ目を埋めて、下地塗って、漆喰塗料を2回塗りました。保育園の送迎やパート合間に、黙々とマスキングテープで養生するのが好きでしたね。

真樹さん/僕は柱や梁の埃を拭いて、オイルで磨いたりしました。そんな過程を経て、中古で買ったけども、自分たちの家だという感覚が育ちました。子供時代に住んでいた家も古かったけど、その頃はコンプレックスでしかなかったのに。今の家は自分たちで手を加えたからか、褒めてもらったら素直にそうでしょう?と思えますよ。

リノベーション中の室内/写真提供:日向さん
漆喰塗りの様子/写真提供:日向さん

■ 日向家の魅力は、ありのままの「暮らし」と「人柄」

Q. 古民家に住んでみて、変化はありましたか?

真樹さん/新しい発見がまだまだありますし、やりたいことだらけです。昔の自分にとって家は、ただ寝るためのところだったし、家族のためにはもっと働かなきゃいけないという気持ちが強かったんです。でも今は日々の生活すべてが愛おしいし、家族で一緒にご飯を食べられることに豊かさを感じています。何を食べるかよりも、誰と一緒に食べるかの方が大切だという価値観です。日常の中で、季節の食べ物を食べたりするのも人間らしくていいなと思います。

恵美さん/実は、私たちの実家はお互い農業や酪農で生計を立てていた家。手伝ったりもしていたので、自営の大変さは身に染みているんですよ。だから、農的な暮らしだけで食べていこうとは思わなくて。

古民家や地方に住んだからといって、農業などの田舎暮らしらしいことをやらなきゃいけないこともないので、自分たちがやりたいと思ったことをやっています。今は味噌や醤油をつくったりしているのと、これからはブドウを育ててみようと計画中です。娘が好きだし、お客さんにも喜んでもらえそうで。

真樹さん/今になると子供の頃の経験は贅沢だったとも思いますし、そこにまた戻ってきたというか。当時の暮らしはイヤイヤだったけど、自分たちで選んだ暮らしだから愛着が湧くのかな。ここ最近は田んぼをやろうかな?と、暮らしを更に一歩深めたい気持ちになってきました。

恵美さん/あとは友人を家に呼べるようになりました。自分で何かをしている友人も多くて、ある時、家を使わせてほしいと相談を受けたことがあって。ワークショップや施術などに使ってもらえるよう場所を貸したりもしています。みんなが楽しい1日をつくれることと、やりたい人と私自身の楽しいこと、その両方が叶うことを今後もしていきたいんです。

Q. 宿泊の予約状況からも人気の高さが伺えますが、どんなお客さんが多いんでしょうか?

真樹さん/民泊なので日数の上限もあるし、自分たちの暮らしと両立できる範囲での営業枠なのですぐに予約は埋まりますね。Instagramで見つけてくれる方も多く、僕たちのような時間の過ごし方や人との関わり、生活リズムが求められていると感じます。だから、レジャーの拠点やくつろぐためだけでなく、地域の情報収集を目的にお越しになるお客さんも多いんです。

恵美さん/夫が日向家の接客担当です。話し出したら止まらなくて、大抵のお客さんとは1時間くらい話しているかな。本当に人見知りしないし、接客業向きな性格なんですよ。

真樹さん/その通りで、僕は接客業が天職だと思っています!ここは宿だけど自分の家でもあるので、せっかく来てくれたなら話さなきゃという気持ちにもなるし、おしゃべりするのが楽しいんです。話題は古民家、移住、エリア、子育てなど。そういうことが知りたかった!と言われると嬉しくて、自分たちの経験やノウハウを必要としている方がいるなら、惜しみなく伝えたいですよね。

逆に古民家について詳しいお客さんから、我が家について教えてもらうこともあったりして面白いです。そうやって話して仲良くなって、リピートしてくれるお客さんもいます。その関係を広く深くしていくのは妻の方が得意かな。だんだん会話の中に僕は入れなくなっていきますけど(笑)。

恵美さん曰く、人懐こい咲葵ちゃんが宿泊スペースにいるのはお馴染みの光景とのこと。

あと子ども同士で仲良くなることもありますね。僕自身も、日向家に来たお客さんには娘と仲良くなってもらいたいんですよ。

恵美さん/娘が宿泊スペースにおじゃますることも多くて、お客さんがお子さん連れだと必ずと言っていいほど入っていきますね(笑)。家主同居の民泊スタイルだからこそですよね。子どもにとっても、親や先生以外とふれあう機会があるのって良いですよね。だから子育て中の方こそ民泊にチャレンジするのも良いかな、と思います。

朝食のメニューは、真樹さんの実家のお米を使ったおにぎりとお味噌汁、おかずが並ぶ。

真樹さん/人と接するのが好きなら、スモールビジネスの形としても民泊は本当におすすめです。民泊で収入を得られることで、仕事の時間を減らせます。減らした分、家族との時間を増やせるということを、自分自身の体験を通じて確信しているんです。

■ 民泊で広がる、人と地域の幸せの可能性

Q. これからの展望はありますか?

真樹さん/日向家の他にも、一棟貸しのできる小さな物件を手に入れる事や、古民家や空き家を購入されたオーナーさんのお手伝いすることを考えてます。地域の空き家対策やコミュニケーション、働き方などの課題にも貢献したいと思っているんです。宿がひとつ増えれば、地域の空き家がひとつ無くなって、代わりに地域にコミュニティが生まれます。

雰囲気がある裏庭のライトアップ/写真提供:日向さん

また、民泊の収入によって働き方にも変化を出せ、生活の中にゆとりが生まれます。ゆとりが生まれれば挨拶や会話が生まれたり、助け合いとか協力とかで人と人が繋がっていきますよね。日向家もこの地域も、魅力の中心は物とか場所とかじゃなくて、人であってほしいと願っています。そのひとつの事例になれたらと思ってます。

Q:人や地域への強い思い入れがあるんですね。日向さんがそのように考えるのには、何か背景があるのでしょうか?

真樹さん/僕の過去の体験が関係していますね。40歳の頃、御嶽山のふもとのスキー場で支配人をしていたんです。ほとんど毎日のようにふもとにいるのに、御嶽山は見ているだけ。一度は登ってみようと思い立って予定を立てたことがありました。でも、その日、急な出張が入って登山を諦めたんです。実はそれが、御嶽山の噴火が起きた9月27日(日)でした。

いろいろな決断が違えば、僕は今ここにいなかったかもしれません。僕は仕事を選んで、生かされたんです。それにはきっと意味があると尊敬する先輩に言われて、そこから僕の仕事の時間は人の役にたつことに使おうと決めましたし、明日は無いかも知れない、と思うようになりました。できることを探して、どこか生き急いでいるかも知れませんね(笑)

編集後記

尽きることのない話にすっかり惹き込まれ、夜が更けていった今回の取材。信念を持ち、熱い気持ちを生き生きとした笑顔で語ってくださる真樹さん。そこに時折つっこみを入れつつも、肯定的で穏やかな包容力のある恵美さん。二人の掛け合いには、数々の決断を重ねた夫婦だからこその呼吸があり、信頼関係が伝わってきました。無邪気な看板娘の咲葵ちゃんにも、滞在中たくさん遊んでもらってとっても癒されました…。

大切に引き継がれてきた古民家ならではの居心地の良さはさることながら、宿としての魅力は正に人。古民家だから、田舎暮らしだからと、張り切り過ぎることがない自然体な暮らしを拡張し、そこにおじゃまさせていただいたような感覚になりました。名前の通り、陽だまりのように円満であたたかな日向家3人の笑顔は、訪れた誰もが恋しくなるんじゃないかな?と思わずにはいられません。

(この記事は2021年12月時点の内容です)
ライター・撮影/綿引遥可

店舗情報

古民家 日向家
住所:長野県茅野市玉川10379-1(諏訪南IC・諏訪ICから車で30分、茅野駅から車で10分)
TEL:0266-78-7456
*家主同居型の民泊、1日1組限定
*ご予約の空き状況は、Instagramでのご確認、もしくはメールにてお問い合わせ

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