huge ceramicsの器にコンビニのシュークリームを

諏訪市で陶芸作家として活動している堀内大輔さんのブランド『huge ceramics(ヒュージ セラミックス)』。ポップなデザインや色使いが目を引く作品は、地元だけでなく関西の百貨店や東京のセレクトショップ、全国さまざまな場所での個展で多くのファンを魅了しています。今年9月に富士見から諏訪市内に拠点を移して、心機一転、作品づくりに奮闘する堀内さんの新工房にお邪魔しました。

huge ceramicsのコンセプト

Q:ブランド名の由来を教えてください。

僕の名前の「大輔」から、大きい・広大を意味するhugeという単語を思い付きました。スラングで「超いい!」という意味でも使われていて、そのノリがピッタリくるなと思ったし、響きもすごく好きなんです。それに陶芸や陶器などを意味するceramicsをくっつけて、このブランド名にしました。

写真:堀内さん提供
堀内さんの工房にて

Q:作り手としてのこだわりは?

陶芸を始めた当初は、誰もが「すごい!」と思う作品を作るような“ザ・作家”を目指そうとして肩に力が入っていました。でも、やるにつれ、どうも僕はそっちじゃないなと。例えば、コンビニで買った物をお気に入りの器に載せてみるだけで、ちょっといい気分になれる。そんなふうに、僕自身も僕の器を手に取ってくれる人も、力まずに楽しめたらいいよねという感覚に変わってきたんです。以前、作品を紹介しているSNSのフォロワーさんから「堀内さんの器を買ったから写真をアップしたいけど、おしゃれな料理は作れないし・・・」と相談をいただいたことがあったんです。僕は「コンビニのシュークリームでいいから載せてみて。それがコンセプトなんだから!」と答えました。買ってきたパックのままで食べるより、器に載せた方がおいしいじゃん!と。

huge ceramicsは陶芸作家の作品を買ったことがない人の入り口になればいいなと思っているんです。自由にその人のスタイルで楽しんでほしい。僕の器をきっかけにしてもらって、他の作家さんの作品にも興味が広がっていくというのもまたいいですよね。

伝統的な手法「練り込み」の作品
工房には堀内さんの作ったカップに入ったサボテンがズラリ。こんな楽しみ方もまた素敵
写真:堀内さん提供

陶芸作家になるまでの紆余曲折

Q:陶芸を始めたきっかけは?

僕が通った高校は、調理師免許が取れる科があったりスポーツ科があったりするような専門学校のような所で、僕が選んだのは美術科。そんなに美術が好きだった訳じゃなくて、他に選択肢がなかったからしょうがなく・・・。そこで初めて陶芸に触れました。1年目はひと通り学んで、2年目から選択して集中的にやっていくんですが、金属は刃物使うから危険そうだし、木工もいろんな道具を使うのが怖くて、って消去法で陶芸が残ったんですよね。かわいい子に「一緒に陶芸やろうよ」って言われて、「うん、やろっか」っていうそんなゆるい感じで(笑)

Q:そこから本格的に陶芸の道へ?

いや、それがその時点で陶芸にはまったわけでもないんです。卒業までにある程度身に付いたけれど、仕事にしようとは思っていなくて。僕の父も陶芸をやりたいと言ってロクロと窯を買ってきたので、教えたりする程度でした。卒業後10年くらいは自分が作たくなったらたまに作ってみたり、友達にちょっと教えたりするくらいでしたね。途中アメリカに留学したりもしつつ、ずっと家業の自動車屋を手伝っていました。あるとき、父が自動車屋を閉めてしいたけ栽培をやろうと言い出して・・・。「しいたけだけじゃ不安だな、そういえば陶芸できるな、おれ」と思って、また始めることにしたんです。

いざ、陶芸教室をやろうと思って材料屋さんに買い物に行ったら、お店のおじさんに「教室をやる前に、まずは自分の作品を作って売ってみたら?」って言われたんです。なるほど確かにと思って、あるクラフトフェアで初めて自分の器を出品しました。いま思うとよく出したなあと思うような作品なんですが、案外売れたんですよね。そこから本格的にやってみるかと思いました。

Q:陶芸と向き合ってみようとなったわけですね。

富士見の美術専門学校に聴講生として通って、学び直しました。先生に「1度陶芸を学んだけどもう1回ちゃんと勉強したい。売れるようになりたい」と伝えると、ありがたいことにマンツーマンで結構厳しくロクロを教えてくださって。おかげでそこそこ作品をつくれるようになってきて、これからは自分なりのデザインで勝負してみようと思えるようになったんです。

Q:陶芸作家・堀内大輔のスタートはどんな感じだったんですか?

自分でデザインもできるようになったし、これは東京に行くしかない!青山通りと目黒通りに行くぞ!と意気込みました。30歳の頃です。スーツケースに作品を詰め込んで、セレクショショップを回って「この器を扱ってください」って売り込んで歩いたんですよ。今の僕にはそんなこと絶対できないなと思うんだけど、当時は勢いもあって、僕の器はいけるだろうという得体の知れない自信もあったし、これで生活しなきゃっていう焦りもあったんでしょうね。まあ、そううまくいくはずありませんよね。事前に100軒くらいに連絡を取って、反応があったのが15軒くらい。アポイントを取っていっても担当者に会えなかったりもして、扱ってもらえたのが4軒。そのうち継続して売れたのは1軒でした。

Q:そこからの道のりは?

「半農陶芸家」と名乗って、陶芸としいたけ栽培を両方やりながらイベントに出店していました。でも、東日本大震災の後、しいたけ原木が高騰して栽培を続けられなくなって。それまでしいたけで稼いでいた分を補うために、アルバイトをしたり、派遣会社に登録したりして、日中は働いて夜は陶芸。週末はイベント出展という生活が続きました。

陶芸だけではなかなか食べていかれず、仕事も陶芸もっていう生活がきつくて、もう辞めようと思ったことも何度もありました。うちのかみさんに「陶芸でやっていきたい」と言ったとき「3年やってだめだったらどこかに就職してね」と言われたけど、3年経ってもだめで。でも、彼女はそれから何も言わなかったんですよ。感謝しています、本当に。ようやく仕事を辞めて、陶芸一本でやっていこう!と覚悟を決められたのは、陶芸をやると決めてから約10年後のことです。

huge ceramicsの作品に惹きつけられるワケ

Q:堀内さんの器は、色がとても印象的です。

あまり食器として使わないような色をできるだけ使えるようにしたいんです。もちろん料理が映える白い器もとってもいいんだけど、それは他の作家さんに任せて、ニッチなところを狙っていきたいなと。ひねくれてるんです(笑)。

写真:堀内さん提供
初期から作り続けているツートンカラーの作品

僕は小学生のときからモトクロスをやっていて、80年代のアメリカの専門誌を読みあさっていました。モトクロスのウェアやバイクの色はビビッドなネオンカラーが多くて、誌面全体がそんな色合いに彩られていていました。そこから受けた影響が、作品に反映されているところもある思います。

ロクロの色もカラフルでファンキー!

Q:なにかにとらわれることのないその自由な発想はどこから?

僕、厳密に言うと、陶芸の修行はしていないんですよね。陶芸作家になろうと思う人は産地で弟子入りして、何年も修行してからやっと、という人が多いんです。僕はそんなふうにちゃんと学んできていないから試行錯誤で。自動車屋をやっていたときの技術を取り入れてみるとか、他の作家さんから見たら「え?!そんなことやってんの?」って思うようなことをやってると思うんです。正解が分からないからずっと今でも手探りで。

例えば、実は僕、ずっとカップの取っ手の作り方が分からなくて・・・。イベントで「マグカップないの?」ってよくお客さんに聞かれていたんだけど、さすがに「作り方が分からない」とは言えないから、「ないんです、すみません」とその場を凌いでいました(笑)。隣のブースに出展していたおばあさんに、「取っ手ってどうやって作るんですか?」ってこっそり聞いたんです。そしたら、こうやってああやってって口頭で教えてくれたんだけど、どうもよく理解できなくて。先生もいないし、陶芸家の知り合いもいないし、当時は今あるような動画共有サイトもなくて、誰にも教えてもらえない。どうやってやるんだ?っていろいろ考えていたら、ふと、「四角い物を作って、それを丸い型で抜いて水でくっつければ、取っ手になるじゃん!」と思い付いたんです。それが今のデザインにつながっています。

重ねてしまえるスタッキングができると評判のマグカップ。写真:堀内さん提供

もし、ちゃんと修行してマグカップの作り方を教えてもらっていたら、このマグカップはできなかった。こんなふうに一人で悶々としながらできた器が定番の作品になっていくということが、僕の場合は結構あります。

Q:作品を通じて、歌手のCharaさんと繋がったとか

知り合いがSNSでCharaさんの投稿を見ていて、僕の作ったマグカップがCharaさんがアップした写真に写ってる!って知らせてくれたんです。その後、何度かやり取りをさせてもらって、茅野でコンサートをしたときに楽屋でお会いすることができました。そのときに「頑張って続けてくださいね」と言われて。陶芸でどうやって生きていけばいいか分からないような厳しい時期だったけど、その言葉を聞いて「よし、やるか!」と奮起しましたよね。僕はCharaさんの世界観がすごく好きで、そういう人がいいって言ってくれたのはすごくうれしかったし、「このスタイルでいいんだな」という自信にもなりました。

転機を迎えたいまは・・・

Q:新工房に移って、心機一転ですね!

新しい工房の物件を探したんですがなかなか見つからなかったんです。そんなとき、親友に相談をしたら、「(諏訪市の)ここでやればいいよ!」と所有している建物を快く貸してくれることになったんです。しかもリノベ―ションしてもOKと言ってくれて、本当にありがたかったですね。仲間が集まって力を貸してくれて、みんなのこだわりが詰まった新工房が出来上がりました。さらに、その親友の奥さんである矢島加奈さんがアシスタントとして助けてくれることになって、とても頼もしい存在です。huge ceramicsの新しいステージですね。

堀内大輔さんと、アシスタントの矢島加奈さん
ブローチやキーホルダーなどのアクセサリーは、主に矢島さんが担当
仲間とリノベーションをしている様子。写真:堀内さん提供
窯2台を設置する場所もみんなで手作り。写真:堀内さん提供
出来上がってきた新工房。写真:堀内さん提供

Q:SNSを活用しておもしろい発信をしていますね

そうですね。ここ数年はコロナ禍でイベントが全てなくなってしまって厳しい状況ですが、その分、SNSでいろいろ仕掛けています。例えば、ずっと前のことですが、家の近くで陶芸をやっていた人がいて、釜開きの日に整理券を配るほどお客さんがたくさん集まってその場で作品が次々に売れていく光景がすごく印象的だったんです。それだ!と思い出して、オンライン釜開きを始めました。あと、「あなたの晩ご飯を見せてください」っていうオンラインライブも去年からやっています。朝の番組で、農家の人が作った野菜を追っていって、料理されたその野菜を囲んだ家族が「おいしいね」って食べているコーナーがあって、僕、すごく好きだったんですよ。その器バージョンです。どんなふうに器を使ってくれてるかな?ってお客さんと一緒に楽しんでいます。

Q:これから挑戦してみたいことはありますか?

僕、デザインが好きなんですよ。ゆくゆくは別ブランドを立ち上げて、僕はコンセプト作りとデザインだけをやって、実際作るのは産地でアウトソーシングをするというやり方にも挑戦してみたいと思い描いています。そうしてできた器を、アパレルショップやコーヒーショップに勧めてみたいんです。今まであまり作家の器を手に取らなかった人たちが、ファッション感覚で楽しめるようなことがやりたいというイメージがあって。入り口を広げて、敷居を低くしたい。もちろんhuge ceramicsは手作りにこだわって、それとは別に展開するということです。僕とアシスタントの矢島さん2人になったので、そんなこともできるかもしれないと思っていて。まだまだ夢の段階ですけどね。

ライター・撮影/中野 明子

編集後記

セレクトショップで見かけた器に魅了され、堀内さんの前の工房を訪ねたのは約10年前。「陶芸作家」さんにお会いするのは初体験で、「陶芸家とは寡黙&ストイック」という勝手なイメージもあり、ご対面の際はドキドキでしたが・・・お話を伺っているこちらを脱力させてしまう癒やし系の堀内さんに、完全にそのイメージは覆されたのでした。当時堀内さんは、ロクロで「練り込み」という技法を用いたグルグル模様の器をたくさん作っていました。私もいくつか購入したのですが、今回の取材ではそのデザインの器が見当たらない。尋ねたところ、「突然作り方が分からなくなったんです」とのお答え。そんなことあるの?! いやでも今回お話を伺って、それも堀内スタイルだと、そのびっくり回答も腑に落ちた私です。自由な発想と好奇心がコロコロ転がり続けて、huge ceramicsの作品はどんどんおもしろく広がっていく。ポップに、カジュアルに。それにしてもどの器も魅力的です。堀内さんのインスタを見ながら、物欲と格闘中ナウ。

【作家情報】

堀内大輔 huge ceramics(ヒュージセラミックス)

Instagram 日々の出来事を発信 ▶︎https://www.instagram.com/hugekinoko/

                     作品のみ発信 ▶︎https://www.instagram.com/ngorongoro67/     

*現在、工房では作品の販売は行っていません。販売時期や方法については、インスタグラムで発信中

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