2022.02.04

大正生まれの住宅をリノベーション。
小さなエコハウスから地域へとつながる暖かな暮らし。

八ヶ岳のふもと、富士見町の標高およそ1000m、手のひらのような小さな谷のはずれに西さんご夫婦が住む平家のエコハウスがあります。妻の明子さんが好きだというムーミンの世界に出てきそうな可愛らしいお家ですが、お話を伺うと、可愛らしいだけではなく、人と人との関わり、社会との関わりなど、「住まい」を超えた暮らしと世界が広がっていました。

西明子さん(左)教生さん(右)

■八ヶ岳の麓に暮らすまで

Q. ここ八ヶ岳山麓に住むことになった経緯を教えてください。

明子さん/私は小学校の教員で、県全域に転勤する可能性がありました。以前は長野市に住んでいたので、山梨県の大学で非常勤講師として働く夫は通勤が本当に大変でした。山梨に近いところ、と希望を出して、県境・富士見町に転勤になりました(笑)。2017年の転勤時から3年間はアパートに住んでいたんですが、最初から一軒家に住みたいなあと思っていたんです。だけどなかなか一軒家の借家は出ないし、土地勘も無かったですから。

2019年1月に不動産屋さんに、「一軒家を探している」と相談をしました。伝えたのはおよその金額だけで、築年数も間取りも全然リクエストしなかったです。4軒目に見せてもらったのがここでした。

ちょうど同じころ、リビセン東野さんご夫婦自邸の「エコハウス」が完成して、完成お披露目会が開かれたので参加しました。暮らしやすい、居心地のいい家が欲しかったから、それが叶いそうだなと思って依頼を決めました。元々リビセンには時々お客さんとして行っていたんです。「リビセンのデザインが好き!」というよりも、居心地の良さが決め手でしたね。

教生さん/リビセンはオシャレ過ぎです(笑)

明子さん/この家も、購入を決めるまえに東野さんに見ていただきました。「余計なものがなくていいですね。エコハウスにリノベーションできます」と見立ててもらったので、購入することにしました。2019年の1月に家を紹介されて、10月に契約しています。

Q. 展開が早いですね!スムーズに進みましたか?

明子さん/売買契約の手続きは、中古物件だからかもしれないですが、手間がかかりました。不動産屋さん、元の所有者の方、金融機関、リビセン、施工会社、司法書士さん…と関わる方ががたくさん。金銭面は金融機関の方がリードしてくれましたが、契約の場などは自分たちでセッティングするんです。共働きなので時間のやりくりがなかなか難しかったですね。

教生さん/補助金も自分たちで調べました。役場のホームページで、「富士見町空き家改修費補助金制度」を見つけて、条件が該当しているので申し込みました。

Q. 建物について、元のかたちから現在の姿までのことを教えていただけますか?建物の2/3だけをリノベーションしているのが新鮮です。

明子さん/元々は1925年造。築100年近い大正時代の建物なんです。それを1970年代に増改築したという物件でした。私たちは減築をして、北側のキッチンだったところは撤去しています。全体を一気にリノベしなかったのは、今は夫婦ふたりなので広さは十分、お金もセーブできるからです。古いまま残した部分は今後の自分たちの暮らし方ややりたいことに合わせて、いずれ手をつけたいと思っています。手をつけていないスペースもあるんですが、すごく寒いんです。全然違う(笑)。

西邸外観。建物左奥の部分(木に隠れている箇所)が未改修部分。

リビセンでリノベーション

Q. ではもう少しリノベーションのことを詳しく教えてください。

明子さん/屋根は塗り直し、あとはスケルトンにして、まっさらなスタートでした。だから間取りも以前と全然違います。「家中、どこも寒いところが無いようにしたい」という希望どおり、家のどこにいても同じぐらいの温度なんです。とっても体が楽ですね。この建物の2/3だけを断熱したように、部分的に施工することを「ゾーン断熱」というそうです。

リノベーションする部分のみスケルトンにした状態。
一般的に、骨組み、基礎など構造部分の状態はスケルトンにして初めてわかることも多いという/写真提供:西さん

耐震性も不足していたので、梁や柱を補いました。床材は全て古材。諏訪地域からレスキューされたものだと聞いています。壁はコスト削減策としてクロス張りもできるよと教えてもらいましたが、漆喰を選びました。

元々この建物にあった建具も少し再利用して、洗面所のドアなどに使っています。リビセンの古い建具も使ったんですが、現在の規格のものではないので、調整してもらいました。

建物の売買契約前から、東野さんや担当スタッフの方とLINEグループを作って、細かく連絡を取り合って進めてきました。

教生さん/僕は新築の家特有の匂いが苦手。でも、この家にはそれが無かった。壁を漆喰にしたのもよかったかもしれません。漆喰を塗るのは大変でしたけど。天井も板張りという案はありましたが、壁とつながる感じがいいと思って漆喰にしました。

既存家屋の梁を新材で補強し耐震性を高めた。
色が異なることでリズムが生まれ、デザイン的にもいいアクセントに/写真提供:ReBuilding Center Japan

Q. DIYもされたんですね。

教生さん/一番やったのは養生作業です。あとは外壁用の杉板を張る前に塗装したり、床にオイルを塗ったり…。漆喰塗りは難しくて、東野さんとスタッフの方に教えてもらいながら一緒にやりました。スパルタだったなー(笑)。

明子さん/スパルタだったね(笑)。本当は友達や知り合いに来てもらって、みんなでわいわい作業したかったんですけど、新型コロナでそうもいかなくって。でも、屋外の作業は参加してもらえたかな。

大変でしたけど家づくりって「こんな風にやるんだ」とか「こうやって作られているんだ」って実感したことはとても大きな経験でした。そのあとの暮らしやものの見方にすごく影響があったと思います。

教生さん/コスト削減のため始めたDIYでしたが、引き渡しの後も続けていて、例えば小さい棚を古材で作ったり、居間の外にウッドデッキも作ったりしました。仕上げの塗装は何を塗ればいいとか、そういった相談もリビセンにしています。今もみなさんとの関係は続いていますね。

元々、DIYが趣味だったというわけでもないですよ。でも、集落のはずれで音やホコリを出したりしても近所迷惑にならないし、この家に引っ越してきたからこそ、やれていることですね。

明子さん/自分たちで作れるなら、作った方が楽しいです。隣で畑も少しだけやっています。私が7割、夫が3割ぐらいの作業分担かな。このあたりは農家の方も、家庭菜園をしている方も多いので、野菜のお裾分けをいただく機会も多いです。だから、他の方が育てていない野菜を育てたいと思ってます。

教生さん/ここでは、太陽や季節に合わせた生活ですね。うちはテレビがないんですが、夜は漆喰の白い壁にプロジェクターでDVDを映して見たり、本を読んだりして過ごしてます。

手まめに作られた保存食。明子さん「こういう作業、けっこう好きなんです」
リビングの本棚はお二人の暮らしの素になる本がぎっしり。
「本棚は住み始めてからリビセンのスタッフの方と作りました。住み始めてから作ったものはいろいろありますよ」

■四季を楽しむ暮らし

Q. 今は冬ですが、足元も含めて暖かくて心地いいです。暖房は薪ストーブのみですか?

明子さん/帰宅してすぐとか、サッと暖めたい時はエアコンを使いますが、薪ストーブに火がついて暖まり始めたら切ります。あとはずっと薪ストーブだけです。ストーブも東野さんからお薦めしてもらったものを使っています。中川村のイエルカ・ワインさんが作られたものです。

教生さん/実家が薪ストーブで、父親が薪の準備をしているのをずっと見ていて「大変だなあ」と思っていたから、薪ストーブへの憧れはなかったんですよ。私の仕事は比較的、時間が自由になるので、原木を玉切りにして運び、薪割りをしています。薪を購入するよりも、経済的ですから。

キッチンカウンターの温度計はいつもだいたいこのぐらい。今日は室内最低気温は17℃で最高気温は23℃ですね。年間通して屋内の平均気温は21℃をキープしています。

愛嬌のある丸いストーブ。暖気がよくまわるロフトは冬の寝室として使用。
秘密基地のような雰囲気は親戚の子ども達に大人気だそう。

Q. 夏はいかがでしたか?標高の高い八ヶ岳山麓も最近は暑くなったと聞くことがあります。

明子さん/2020年4月末の引き渡しから10月になるまでエアコン無しで暮らしました。過ごせないことはないなと思いましたね(笑)。主に使う機能は除湿です。長雨の時は除湿を使うといいよと東野さんから教えてもらったんです。2021年の夏はさすがに暑くて何回かエアコンを使いましたが、数えるほどしかないです。

Q. 夏も冬も厳しくない、いつも居心地のいい家になったんですね。

明子さん/家が居心地いいと、今度は職場とか外の環境が気になっちゃって…。諏訪地域の学校は冬の寒さが厳しいです。「冬も暖かく暮らす」というと、従来は暖房をどんどん焚くイメージで、なんだかもったいないことをしているな、がまんすればいいんだから…という感じだったかもしれません。けれど、建物をちゃんとすれば、エネルギーは効率よく使えるし、心地良く過ごせます。子どもやお年寄りも利用する公共の施設も、そうなったらいいなと思います。建物が古くても、例えば窓ガラスを複層ガラスのサッシに変えるとか、そういったことでずいぶん違うと思います。

「住まい」から「地域・社会」へ

Q. 他に住み始めて変化したことはありますか?

明子さん/以前から電気は再生可能エネルギーの電力会社を選んでいたんですが、よりエネルギーのことを考えるようになりました。この土地に住み始めてから、地域のことと合わせて考えるようになって。再生可能エネルギーに前向きな気持ちはあるけど、その一方で、太陽光パネルがどんどん増え続けていくことには違和感を持つこととか…。地域のことだから、町議会を傍聴にいったりもしました。

「パワーシフト市民アンバサダー」にもなりました。家が完成してから「うちの屋根にも太陽光パネルを載せられますか?」と東野さんに聞いたら、「太陽光パネルの重さに対して建物の強度が足りない」と。

あ、太陽光パネルを載せたい人は、設計の段階でリクエストが必要ですのでお気をつけて(笑)。

教生さん/地域の「区」にも入って、共同作業にも参加しています。知り合いも増えて、薪のための原木は区内の方が所有する林からいただいていたりしています。

明子さん/家の外へ外へ、地域やコミュニティへと関心や気持ちが向いていっています。奥の物置を片付けていたとき、古い生活道具や農具がいろいろでてきたんですが、地域とゆかりが深いものでした。あまり見たことのない道具が出てきたから町の博物館に見に行ったら、同じものが展示されていて、用途がわかったなんてこともありました。この地域の歴史の一部といえるものでも、捨ててしまったら、全て簡単に消滅してしまうものなんですよね。

片付け作業中に出てきた古い農具や生活用品。丁寧なあつかいから、夫婦の地域へ敬意が伝わってくる/写真提供:西さん
鳥の研究者である教生さんは敷地内のあちこちに巣箱をつけている。これは物置の軒下。
「鉄の角柱の中にスズメが巣を作ったので、また来るかなあと思って同じ形の巣箱を作ってみました」

Q. 庭やリノベーション未着手の部分について。今後どんなふうに活かしていきたいですか?

明子さん/リノベーションしていないところは全然違うから、見てみると面白いですよ。こんなふうに、柱も梁も細くて頼りない(笑)。すごく寒いですし。でも、昔の建物の田の字の和室らしい、なんにもない空間だから、いろいろ可能性があると思います。いずれは手を加えて、子どもが集まれる居場所にできたらと思うし、地域のお年寄りも気楽に来ていただけるような場でもあったらいいなと思います。

ライター/萩尾麗子 撮影/澤井理恵
(この記事は2021年12月時点の内容です。)

リノベーション未着手部分。現在は物置として使っているが今後の使い方が楽しみな場所。

編集後記

リノベーション未着手部分の出入りは外側からのみで、リノベーション済みの部分とはまるで長屋の隣り合った家のように別空間。未着手部分の空間では以前の構造や寒さなどがよくわかり、まさに「ビフォーアフター」を体感しました。

 また、例えば庭先に湧き水を引いた池がある、大きな物置がある、など、想定外の“おまけ”があるのも中古物件のおもしろさだと知りました。ご夫婦は「夏は池でスイカを冷やしていました。」と楽しそうに笑いますが、家探しをしているときには池のことなど考えてもいなかったことでしょう。近隣住宅と離れていたので工具の音を出してDIYをしたり、隣の畑で野菜を育てたり…と、家が偶然もたらしてくれた楽しみはたくさんあるようです。

 この家に移り住んだ2020年に子ども向けの生き物観察会を開き、これからもそういった機会を増やしていきたいという西さん。周囲の環境や地域とリンクしながら自分たちの暮らしをのびやかに広げていくお二人の今後の活動が楽しみです。

取材協力

場所:長野県諏訪郡富士見町 西邸 
竣工:2020年 
デザイン:ReBuilding Center JAPAN 東野唯史 
施工:スワテック建設株式会社

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