2021.04.07

創業105年目を迎える老舗「太養パン店」を継ぐということ。

上諏訪駅から徒歩約10分。創業1916年の太養パン店は、今年で105年目を迎える老舗パン屋さん。オンラインショップも展開する同店は、地元はもちろん、全国にもファンが多い。今年7月、リノベーションされたばかりの店内には朝6時半の開店と共に、焼きたてのパンを求める客で賑わいます。今回は、次期社長を就任予定の奥村悠(おくむら ゆう)さんに老舗企業を切り盛りする上での心構え、そして、これからの夢を伺いました。

Q. 今夏(2021年7月予定)には社長職に就く奥村さん。
パン屋の4代目となるプレッシャーはありますか?

実は、子どもの頃から店を継ぐ、という気持ちはなかったんです。父親が社長なんですけど、父から一度も「継いでくれ」と言われたことはなかったですし。今年でちょうど30歳。プレッシャーが無いといえば嘘になりますが、いいタイミングで継ぐことができるような気がしています。

実は、店を継ごうと決めたのは、去年の12月。つい最近です(笑)。いままで継がない、むしろ継ぐなんてありえない、と思っていたんですが、やっと決意が固まったというか。それまで、いわゆる季節労働者として全国を転々としながら働いていました。地元の高校卒業後、都内の大学へ行ったんですが、周りの就職活動や先輩を見ていて、漠然と「俺はきっと就職しないな。だから新卒資格も別に必要じゃないし、大学生活で得るものも得た。」と思い、中退したんです。それからは、実家に戻るわけでもなく、好きだった写真を突き詰めたい、という気持ちもあって、知人から教えてもらった季節労働という働き方に興味が湧きました。

春は北海道でホタテや昆布の養殖、夏は京都で花火の打ち上げ師や、宮古島で葉タバコの収穫の仕事、秋は知床の麓でシャケの腹を割いてイクラを作る、通称、シャケバイをし、それからまた冬は沖縄でサトウキビの収穫してから北海道へ、というように、数ヶ月スパンで全国を転々として働いていました。仲間の間では“ゴールデンルート”といわれています。仕事が途切れなく全国で働くことができましたし、たくさんの人と出会うことができました。貴重な経験、人脈が築くことができなと思っています。

その時々に出会えた人たちや、旅人、一期一会の景色の写真を撮れたことが一番の思い出ですし、宝物ですね。旅をするような感覚で全国を巡ることができたと思います。

与那国島でのサトウキビ収穫は体力的にも精神的にも一番つらかったかな。歩合制なんですけど、相場はサトウキビ1トン収穫して5000円。慣れてくると、1日で3トンくらい収穫できたので日当にすると約15000円、1日に3万円ほど稼げた日もありました。ただ、サトウキビは雨が降っても風が吹いても休みなく収穫しなければいけないので朝から晩まで、どこまでも続く広大なサトウキビ畑の中での収穫作業です。体力的にも精神的にもめちゃくちゃ辛かったんですが、いま思えばいい経験です(笑)

写真提供/奥村さん
写真提供/奥村さん
写真提供/奥村さん

Q. 季節労働をやめたのはなぜ?

約5年間、そんな働き方をしていました。5年続けているとやはりマンネリ化してきてしまうんです。写真もかなり撮り溜めていたのでここでやめよう、と決めました。実際にやめると決めたものの、これから生きたい本当の生き方、自分の命の使い方が分からないまま。自分と改めて向き合うために、一度立ち止まって自分をじっくり観るために、地元諏訪に戻り、2020年3月からアルバイトとして太養パン店で働き始めました。アルバイトとしてスタートした理由は、単純にその時はまだ継ぐ気がなかったんですよ。本当にやりたい事が見つかるまでの一時的な繋ぎの仕事としか捉えていませんでした。

Q. 継ぐことを意識し出したのはどんなきっかけがあった?

今までの働き方を振り返りながら、これからどうすればいいのか…自分はどうしたいのか… 。本気で自分と向き合っているうちに、「自分の人生もっとよくしたい」「人ともっと関わりたい」「地域に貢献をしたい」「父と腹割って話したい」という欲求がでてきたんですよね。それから、店の将来について、初めて父と話す機会をつくりました。親子の会話と言いますか、男同士の会話と言いますか。初めて父と、そして太養パンと本気で向かい合った時間でした。その時間を通して自分の中に覚悟ができたんです。「今までの俺は責任な自由を楽しんできた。しかしこれからは、太養パンを継ぐ決意を持ってできる範囲で自由を謳歌しよう」と決めたんです。

しばらくしても、店を継ぐ、継がない、という話はしてないです。でも、アルバイトとして働きながらもずっともやもやしていた自分がいました。どこかで決断すること、覚悟を決める事を避けていたのかもしれないです。

それから一気に店の将来のこと、これからやりたいことについて真剣に考えるようになりました。

2021年7月に改装した太陽パン店 店内

Q. これからやりたいこととは?

一度継ぐと決めたらやりたい事やビジョンが次々に浮かんでくるんですよ。いま考えていることは、とにかくパン屋はパンを焼くだけじゃないということ(笑)。

最近は、いろいろな社会問題をパン屋レベルで解決できないか、と考えるようになりました。廃棄になるパンを再利用する方法、関わりのある児童養護施設の子どもたちとパンづくり体験の企画、障害のある人たちのための職場環境を整備、若い職人が輝く未来に向け育成環境など。曽祖父、祖父、そして父と母が地域とのつながりを大切にしてきたからこそできることだと思いますが、僕のこれまでの経験を生かしたアイデアとかけ合わせるともっと面白いことができるんじゃないかって。今からワクワクしています。パン屋はもっとポテンシャルを持っている、パン屋だからこそできる地域への関わり方ができるんじゃないかと思うんです。

妹がすでに店で働いていたこともあって、これからやりたいことについて、僕が一方的に熱く語るんですが、「はいはい、また何か言ってる」と流されることもしばしば。でも、言い続ける事が大切だと思うんです。人は日常に流されます。現状維持をしていた方が気楽ですから。でも、僕の生きたい生き方、創り出していきたいパン屋はそうじゃないんです。

自分の成長、人の成長に関わって、心にある情熱の炎を燃やし続けたい。そう在り続けたいですし、太養パンに関わる全ての人たち、そしてお客様の心にあたたかな火を、幸せを灯していける、そんなパン屋でありたいですね。

とにかく、太養パンをもっとたくさんの人に知って欲しいし、パンのある生活を楽しんでもらいたい。パンがある食卓には笑顔や幸せがありますから。老舗パン屋として、パンがある食卓を守り続けていきたいと思っています。

店舗ショーケースの前で 写真左から悠さん、おばあさま、妹の恵里さんと

ライター・撮影 澤井理恵
(この記事は2021年4月取材時点の内容です)

筆者おすすめサバサンド/500円。
香ばしく焼かれたさばとパンの相性が抜群です。
まだ食べたことのない方はぜひ!

編集後記

次期社長となる悠さん話をするとついついひきこまれる。その仕事経験の豊富さゆえ、生きる知恵や人との関わり方をよく知っている。実はもっと太養パン店の歴史や100年企業としての秘訣などをお伺いしたかったのだが、ついつい悠さんの季節労働者時代の経験を知りたくなって話が脱線。楽しい時間を過ごさせてもらった。 それにしても店舗での取材中、お客様がたえることがなかった。おひとり、親子連れ、ご家族… 。太養パン店の商品は老若男女満足できる味、質、種類がある。もちろん、これら3拍子そろった品が老舗企業といわれる所以だと思うが、それ以上に創設者の思い、現社長、奥様、スタッフさん、そして悠さんの人柄や人間力があるから、こんなにも長く続いてこられているのだと思う。この諏訪の地で、これから150年、200年と、おいしいパンをずっと提供し続けて欲しい。 まさに名店だ。

店舗詳細

太養パン店 
住所:長野県諏訪市末広12-2
電話:0266-58-0982
営業時間:6:30~14:30(日曜のみ 6:30~12:00)
休業日:なし
駐車場:店舗前、店舗向かいに駐車場あり

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