2022.02.04

人々の暮らしの中にそっと息づく、「teltis」に流れるヒュッゲな時間。【後編】

2021年9月下諏訪町にオープンした「カフェとホイスコーレ teltis」は、デンマークの学校、フォルケホイスコーレのひとつ「スカルス手工芸学校」で出会った唐戸友里さんと横山夏希さんが営むお店です。裁縫したり、お茶をしながら読書したり、おしゃべりしたり、お客さんが思い思いに過ごしゆったりとした時間が流れています。

前編では、おふたりがフォルケホイスコーレに出会うまでやそこでの経験をご紹介しました。後編では、自分たちで手を動かしたお店づくりや、空間へのこだわりを伺っていきます。

唐戸さん(左)と横山さん(右)

やってみて、自分の気持ちを見つめて、やりたいことを確かめていく

Q. スカルス手工芸学校での半年間を終えた後、何をされていたのですか?

唐戸さん/帰国後、まずは地元・横浜に戻りました。大好きな生地屋さんが地元・横浜にあるんですが、留学する前から働いてみたいという気持ちがあって。当時は一歩踏み出せずにいたんです。帰国してから留学先スカルスでの生活を送ってきたことで、やってみよう!と思えたんです。「やれることはたくさんある!」と前向きに物事をとらえられて、思い切って行動したんです。それで、憧れのお店で働けることになりました。嬉しかったな。

あとは、スカルスの仲間と一緒に作品展示会を開催したりもしました。「あ、できるんだ!」という体験を重ねられて、作品や技術への自信が育っていったように感じます。

スカルスの仲間と一緒に作品展示会/写真提供:唐戸さん

横山さん/私はとにかく色々な場所に行きましたね。何がやりたいかふわふわしていて、すぐには帰国せずに、言語とネイチャーを専門とする別のフォルケ(デンマークの教育機関)で学んだり、コペンハーゲンで少し働いたり、ワーキングホリデービザでノルウェー滞在したり、ヨーロッパをバックパッカー旅行をしたり…

海外を回る中で、やはりカフェという空間が好きで、かつ好きな編み物ができたらいいなと思っていました。帰国後は、コーヒーの技術を身につけるため、京都で暮らしました。コーヒー屋さんで働きながら作品を作り、ものづくり市などのイベントに出店していました。京都も素敵な場所だったのですが、やはりお店をするなら地元の北海道にしようと戻ることを決めました。

編み物の作品を作り、ものづくり市に出店した横山さんの作品/写真提供:横山さん

唐戸さん/横浜で働きながら、私も刺繍や裁縫を続けたい気持ちが強かったのですが、作品を販売するという形しか思い浮かばなくて。買ってもらうのはもちろん嬉しかったのですが、なんかモヤモヤしていました。

そんなとき、働いていた生地屋さんなどから「講師もやってみない?」と声をかけてもらい、刺繍や裁縫の教室を担当することになりました。ひとまずやってみよう!と始めてみたら、教えることの楽しさに気づいたんです。デンマークのスカルスにいた時にも、知人から「教えて〜」と言われたことがあって、誰かの役に立てているのが嬉しかったことを思い出して。作品の販売もやりがいはあったんですが、教室で教えることの方が私には合っていると思えたんです。生徒さん自身が自分でやってみたらできた!と喜んでもらえることが嬉しくて、やりがいを感じることができたんです。「教室をやりたい!」という夢がハッキリとしました。

帰国後に感じたことは、日本人は、私にはできないと、自分に制限をしてしまっている人が多いということ。私自身、留学前はできない理由をつけてしまっていたからこそ、その状況がもどかしくて。みんなにも「できるよ!」ということを伝えたくて、やってみたいという気持ちがある人の、背中を押すことができる空間を作りたいと思ったんです。

移住先と物件探しで見つけた、ヒュッゲな場所の候補

Q. 帰国後にお二人ともやりたいことが見えてきたんですね。その後はどうされたんですか?

唐戸さん/しばらくは地元で裁縫と刺繍の講師をしていました。でも先生と生徒という関係性ではなく、もっとフラットな関係性の中で教室をやりたいと感じていました。自分の思い描いていた形を実現できるのは、人との距離も程よく近くて、自然豊かな地方だと思い、移住を考えるようになりました。諏訪エリアは祖母の出身地なので、候補のひとつでした。

移住場所を検討するのに、下諏訪のマスヤゲストハウスに泊まったのですが、併設のバーで下諏訪LOVE(ラブ)の人たちに囲まれて、移住の話をしたらすごく下諏訪を勧められました。その時は正直、その熱量にびっくりしましたね(笑)。町を歩いていた時もパン屋さんや温泉などで自然に地元の人たちが話しかけてくれて。肩の力が抜けた距離感で居心地が良かったのを覚えています。まさにヒュッゲ。デンマーク語で居心地がいい空間(土地)だと感じました。当時は車の免許も持っていなかったので、歩いて暮らせるコンパクトさも丁度良くて。

その後は、都内の移住イベントに行ったり、町案内をしてもらって開業した方の話を聞いたりしました。町の担当者の方がみんな気さくで、親身に相談にのってくださって、地元の人との接点もできたので、下諏訪町へ移住する気持ちが固まっていったんです。

そこから下諏訪に月1回ペースで通っていました。役場の方や地元の人たちにやりたいことを伝えていたので、物件を紹介してもらえたんです。その中のひとつが、今のteltisである物件です。元々は町工場として使われていて、少し暗い印象もあったのですが、小部屋が分かれている間取りがイメージ通りでした。

大家さんにも会ってみて、町工場だった頃の思い出もお話ししてくださったり、活用してくれたら嬉しいとおっしゃっていたので、それも決め手となり購入する覚悟が決まりました。ここでお店がやりたい!という気持ちになったんです。

リノベーション前の建物外観/写真提供:唐戸さん
現在の店舗での刺繍教室の様子

Q. 横山さんはどうですか?

横山さん/私は帰国後、札幌のベーカリーで働きながら、自分でお店をやるならどのエリアが良いか物件を探していたんです。あまり都会すぎないところが良かったのですが、雪の問題やエリア的に集客の課題もあり決められずにいました。そんな時に、友里さんから「一緒にお店をやらない?」と声をかけてもらいました。

唐戸さん/そうなんです。私はどんなお店(教室)をやりたいか考えた時に、刺繍や編み物をしながらお茶したり、友人や家族とたわいもない会話をしながら心地良い時間を過ごす、まさに私たちが通っていたフォルケホイスコーレのような場所を作りたいと思っていました。

そのためにはカフェをやってくれる人が必要で…。デンマーク時代、夏希さんと「カフェをやるんだったらこんなお店がいいな」と話していたことを思い出して、カフェをやるなら夏希さんしかいない!と思ったんです。夏希さんがいる北海道まで誘いに行ったんです。でも、その時はすぐに良い返事はもらえず、最初は断られてしまって…(涙)。でもそのあと、物件を購入したと報告したら、北海道から下諏訪まで見に来てくれたんです!

横山さん/そうそう。北海道から下諏訪まで行ってはみたものの、物件を実際に見ても自分がそこでカフェをやることをイメージできなかったんです。でもしばらくして考えたら、下諏訪は自然もあるけど田舎過ぎないし、ひとりでやるよりもふたりの方ができることも多い、と思えるようになって。

人に出すようなお菓子を作ったことがなかったので、いまいち自信が持てなかったけど、一緒にヒュッゲな空間を作ってくれる人が良いと友里さんがさらに言ってくれて。友里さんとふたりなら挑戦できるかも、という気持ちに変わっていったんです。お店を一緒にやることを決めて、お菓子のことを勉強してから1年後には北海道から下諏訪に引っ越しました。そこからはお店のオープンに向けてまっしぐらです。お金を貯めるために、飲食店で働きながら準備をしていきました。

唐戸さん/私はもう少し早いタイミングで移住していたので、下諏訪町の地域おこし協力隊として活動していました。元々協力隊に興味を持っていたこともあり、地域に密着してお店作りをしたいと思っていたんです。

「これだ」を求めた妥協しない空間づくり

Q.下諏訪で改めて揃ったおふたり。お店づくりについて教えてください。

横山さん/基本的にはできる限り自分たちでリノベーションしました。大工さんにも入ってもらいましたが、お金を削るためもあるけど、愛情をかけたかったし、色んな人が関わってくれるようにしたかったんです。2020年の夏頃から、作業するのは週に半日と決めて、リノベをスタート。いろんな人が手伝いに来てくれました。作業だけでなくティータイムも大切な時間だったので欠かせませんでしたね(笑)

建築士さんや塗料屋さんも一緒に作業の合間にティータイム/写真提供:唐戸さん友人
当時のリノベーション作業風景/写真提供;唐戸さん友人

唐戸さん/作業については分からないことだらけだったので、どう進めるかは建築士さんにその都度教えてもらってました。建築士さんは移住してすぐに知り合って、ずっとお店をつくるときはお願いしようと決めていたんです。私たちがやりたいことを自分のことのように目をキラキラさせながら、たくさん対話をして伴走してくれて、本当にお世話になりました。

横山さん/工期の後半はオープンまで余裕がなくて、毎日ひたすら作業をして倒れそうにもなりました。手が痺れたりもして、大分無理をしていましたね。やらないと終わらないからつらかったです。ただ、最初は全くやり方が分からなかった作業も、最後には自分たちだけでできるようになっていて楽しかったです。

Q.空間でこだわった部分はどこですか?

唐戸さん/一番はteltisカラーの壁かな。落ち着いた雰囲気を出したくて、私たちの大好きなお店を参考に壁の色を決めたのですが、実際に届いた塗料を塗ってみると明るくポップな印象だったんです。大量に買ってしまったのでどうしようか悩んだんですが、やっぱりイメージと違うよね…となって。塗料屋さんや工務店さんに相談してたどり着いた策は、色を調合すること。落ち着いた色になるように青や黒を少しずつ混ぜていって、オリジナルの色を作り出しました。大変だったけど、大好きな色になりました!

手をかけたことで、あたたかさや味のある空間になったと感じます。自分たちでリノベをして良かったです。

横山さん/素敵でしょ?と言えるようなお店ができあがりました。

グラム単位で色調整をしたこだわりのteltisカラー/写真提供:唐戸さん
カフェスペースにはこだわりぬいてつくったteltisカラーの壁が。

■「ひとりひとりの日常の1コマにteltisがある」

Q. いよいよオープンを迎えたんですね。

横山さん/はい、まずお客さんの声を聴くためのプレオープン期間を設けました。リノベ作業に手いっぱいだったので、メニューの試作が実はあまりできていなくて。一旦立ち止まって、お客さんに来てもらって、情報を集めようと思ったんですよね。

唐戸さん/結果的に、思い描いていた風景がそのまま見られたプレオープンでした。好奇心いっぱいの子どもたちがお店を走り回っていたり、お絵描きもしてたね。工事中気にかけてくれていたご近所さんがフルーツを届けてくれたのも嬉しかったな。

横山さん/年代も色々だったよね。既にリピーターになってくれた方もいて。カフェを目的に来てくれたけど、教室に興味を持ったり別のお客さんと盛り上がったり、ワクワクを持って帰ってくれているようにも感じました。

完成されていない空間ではあったんだけど、プレオープンがあって思い描いていた様子が見えたり、お客さんからの声をもらえたからこそ、勢いがついてオープンすることができたと思います。

Q. お店のポイントや今後やりたいことはなんですか?

横山さん/カフェメニューは、ヒュッゲな時間に合うものを基本に考えています。コーヒーが好きで、以前働いていたお店の影響もあって、ネルドリップで淹れています。ゆっくりしてほしいという思いから、冷めてもおいしいものにしようと思って、飲みやすさがしっくりくる淹れ方と豆にこだわったんです。

お菓子はドリンクと共にほっこりできるもの。身体に入るものだから、優しくて甘過ぎないように、季節のものを取り入れています。風土に合うものを食べて、人は元気でいられる。だから、できるだけ安心安全な材料を選ぶようにしています。

カフェメニューの追求というよりも、心地よい空間を作っていく気持ちからカフェをやりたいと思っていました。だけど、おいしいと言ってくれる人の存在があることで、もっと新しいものを作ってみたいという気持ちも出てきたんです。お店を始めてからの変化ですね。でも楽しくないとヒュッゲじゃないから、無理はしないように頑張っています。

唐戸さん/私たちの作品や、デンマークの雑貨なども販売したいと思っています。作品に関しては、イベント出店などでたくさんの方に買っていただき、制作が追いついてなくて(笑)。ギャラリーや実習室を作ろうという計画もあります。

無事にオープンはできましたが、これからもきっと悩むことが多くあると思います。でもその度に立ち止まって話をして。まず自分たちがヒュッゲであることを大切に、暮らしとのバランスを取りながら、町の人の暮らしの中にteltisがあって小さな幸せを感じられる場所を作り続けたいです。

ライター/綿引遥可 写真/澤井理恵

(この記事は2021年9月時点の内容です。)

唐戸さんの作品/写真提供:唐戸さん
横山さんの作品/写真提供:横山さん

店舗情報

カフェとホイスコーレ teltis(テルティス)
住所:諏訪郡下諏訪町320-13(下諏訪駅から徒歩8分)
TEL:0266-75-1787 
営業日:水・木・金曜日 10:00~18:00(L.O.17:30)、土・日曜日 8:00~16:00 (L.O.15:30)
*駐車場は、町営友之町駐車場(無料)をご利用ください。

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